良い組織づくりに“秘訣”はない。情報発信も、リーダー人材育成も、地道なことの繰り返し【「KAIGO HR FORUM 2024」イベントレポート】
2025/01/17

【目次】
1. 属人化からの脱却。誰がやっても“60点”のケアができる組織へ
2. その人にしかない「強み」を見つける
3. 重要なことは繰り返し伝える
4. 新規事業に前向きなメンバーだけをアサインする
5. 任せる意思決定をしない限り、リーダー人材は育たない
介護や福祉への需要がこれまで以上に高まる2025年。
コロナ禍を経て、介護や福祉の枠を超えて新しい事業に挑戦したいという事業者も多いと思います。
その一方で、「一緒に成功に向かって協力してくれる仲間がいない」、「リーダーを任せたいのに、前向きに取り組んでくれそうな社員がいない」など、人材に関する悩みを抱えている方も多いのではないでしょうか。
今回登壇いただいたのは、社会福祉法人福祉楽団の飯田大輔さんと、社会福祉法人南高愛隣会の田島光浩さん。それぞれの法人で理事長を努めています。
本講演のテーマは「新たな挑戦を続ける福祉法人の組織づくりの秘訣を探る」。幅広い事業に挑戦し続ける中で、どのような組織運営を実践されているのか。人材への思いやリーダーとしての覚悟を語っていただきました。
【ゲスト】

社会福祉法人福祉楽団
理事長
飯田 大輔(いいだ だいすけ)
1978年千葉県生まれ。東京農業大学農学部卒業。日本社会事業学校研究科修了。千葉大学看護学部中途退学。千葉大学大学院人文社会科学研究科博士前期課程修了(学術)。2001年、社会福祉法人福祉楽団を設立。特別養護老人ホーム等の相談員や施設長などを経て、現在、理事長。2012年、障害のある人にきちんとした仕事をつくるため株式会社恋する豚研究所を設立、現在、代表取締役。2024年秋に千葉県習志野市において児童養護施設などからなる複合施設を開設予定で、これに関連して「OUR KIDS基金」を立ち上げている。ナイチンゲール看護研究所研究員、千葉大学非常勤講師。主な論文に「クリエイティブなケア実践の時代へ 『ケアの六次産業化』という視点」(週刊社会保障第2782号)。介護福祉士、社会福祉士、精神保健福祉士。

社会福祉法人南高愛隣会
理事長
田島 光浩(たしま みつひろ)
精神科医、「ひかり診療所」院長(1974年生まれ)
父である田島良昭前理事長と共に幼少期に入所授産施設「雲仙愛隣牧場」に住み込む。共に生活を送る利用者との関わりから精神医療の道を志す。2011年より諫早市にて医療と福祉の連携により地域での精神障がい者の生活を支えるACT(Assertive Community Treatment)に取り組む。2013年10月より社会福祉法人 南高愛隣会 理事長就任2024年6月より罪に問われた高齢・障がい者の更生支援と全国のセーフティネットの構築を目指し、一般社団法人全国地域生活定着支援センター協議会代表理事へ就任。
属人化からの脱却。誰がやっても“60点”のケアができる組織へ

長崎県内で障害者の福祉支援を幅広く展開している社会福祉法人南高愛隣会。2006年に施行された障害者自立支援法は、同法人の実践をもとに制定されるなど、行政と連携した様々なモデル事業にも積極的に取り組んできました。
しかし2015年に虐待事案が発生、理事長に就任したばかりの田島さんは社内外の対応に追われます。当時、社員数が500〜600名と急激に増えていたタイミング。一部の優秀な職員によって何とか事業が成り立っていた状態だったといいます。
規模が大きくなり過ぎて、個人に依存する組織に限界が訪れていました。人治から組織へ。誰がやっても“60点”のケアができる組織を目指すことにしました。
取り組んだのは、組織として“当たり前”に行うべきこと。
形骸化していた規程の見直しや、スキルマップ(業務を遂行する上で必要なスキルや能力を一覧化したもの)の策定。組織も事業本部とサポート本部に分け、それぞれの業務に集中しやすい環境づくりを進めていきました。
田島さん曰く、今も組織変革は道半ば。それでも、「人事制度も固まり、ここ数年でようやく“60点”をとれる組織になった」と前を見据えていました。
その人にしかない「強み」を見つける

高齢者介護や児童福祉、障害者福祉など様々な福祉サービスを展開している、社会福祉法人福祉楽団。「科学的介護」の実践や、農業と林業と福祉を連携して人に留まらず地域をケアする実践など、制度の枠組みに囚われず新たな形で福祉に取り組んでいます。
とはいえ、事業を推進するための人材確保は難しく、採用や人材育成は長期的な視点が欠かせません。飯田さんも「全てが上手くいっているわけではない」と、組織に関する課題を口にします。
そんな飯田さんが組織運営で意識するのは、強みを活かすこと。人は誰しも強みと弱みを持っているもの。弱みを補完し、組み合わせの妙によって事業を前に進めることができるといいます。
職員のどんな部分に強みを見出しているのか尋ねると、飯田さんは次のように答えてくれました。
仕事の能力は、その仕事を行うための技術、スキルと、スキルの基盤にある行動や思考の特性があります。スキルは業務を分解することで明らかになりますが、行動や思考の特性は同じ仕事をしている人を比較することで、明らかになります。元気があるとか、積極的に発言するとか、そういう行動や思考の特性の強みを見ていくことが大事になります。
重要なことは繰り返し伝える

法人理念など、経営者からメッセージを伝えるための工夫について尋ねると、ふたりとも「繰り返し伝えることが大事」と述べました。
飯田さんはSlackやYouTube、SNSなど、経営者が発信できる手段は増えたと指摘。「表現の仕方は変わるが、ずっと変わらず同じことを言い続けるだろう」といいます。
福祉楽団の特筆すべき点として、毎年発表している統合報告書があります。前年度の事業報告と事業計画を兼ねたレポートで、分量は約40ページにのぼります。
私たちは社会福祉法人ということで、対外的な説明責任があるというのが前提です。ただ、統合報告書という形にしているのは、それが一番分かりやすいから。自動車を購入するときも、『燃費はどうか』『エアバッグはついているのか』といった情報がないと判断がつきませんよね。できるだけ情報を開示し、他の法人とも比べられる状態が健全だと思います。
田島さんが行っているのは、毎月28日に職員向けに「理事長の手紙」を発信すること。理事長に就任した2015年から毎月欠かさずに執筆しているといいます。
南高愛隣会は事業所も多く、私と話したことがない職員もいます。だからこそ、私が普段どんなことを考えているのか、法人の課題をどのように捉えているのかを伝えています。信頼関係において、自分自身の情報を開示をすることはとても大切です。日々の積み重ねで、『理事長が言っていることなら、やってみようか』という雰囲気をつくれると感じます。
オフラインのコミュニケーションは福祉楽団も実施しているそう。「頑張っている」「いい仕事をしている」と思った点を、職員同士で承認し合う「グッドジョブカード」。飯田さん自身も、賞与支給の際に職員向けに手紙を出しているといいます。
Slackだと書いてあることが楽に読めるけれど、手書き文字は書いた人の個性が出ますよね。ちゃんと読まないと、“読めない”こともある。じっと見てもらうために私もあえて読みづらい字で書いたりして。『褒められてるのに、飯田さんの字は読めない』なんて言われることも、けっこう楽しいものです(笑)
新規事業に前向きなメンバーだけをアサインする

福祉楽団、南高愛隣会それぞれに共通しているのは、新しいことにチャレンジし続ける姿勢です。ですが、挑戦に前向きな職員ばかりではないはず。組織を巻き込む秘訣について尋ねると、ふたりからは意外な言葉が返ってきました。
新しいことをやるとき、誰かに相談することはしません。福祉楽団では現在、新しい就労支援施設をつくろうとしていますが、職員とどれだけ議論を交わしたとしても、職員から具体的な事業計画は出てこないでしょう。ある程度は経営者が判断しながら、物事を進めていかなければならないと思います。
南高愛隣会も同じです。ゼロから何かをつくるとき、『組織一丸となって』という意識は私にはありません。一緒にやってくれる少数の職員をひいきするし、彼らが業務を遂行するうえで困らないサポートを心掛けますね。少しでも事業が上向きになったら、法人内でも大きく紹介します。『プロジェクト、上手くいってるみたいだね』というイメージをつくり、少しずつ周りの職員に興味を持ってもらえるよう進めていきます。
プロジェクト初期を支えるメンバー選定において、人員配置が肝だと語る飯田さん。「やってみる?」と尋ねて、わずかでも躊躇する人はアサインしないのだそう。「やってみたい」と即答し、新しい挑戦を面白がれる職員と新規事業を進めていくといいます。
任せる意思決定をしない限り、リーダー人材は育たない

終盤では、リーダー人材の育成についてお聞きしました。
田島さんはリーダー人材育成は難しいと認めつつも、リーダー人材を因数分解することから始めるべきと話します。
なんでもできるスーパーマンのようなリーダーはほとんどいません。法人が置かれてる状況も鑑みつつ、そのときに求めているリーダー像を明らかにすることから始めるのが良いでしょう。
田島さんの言葉を受けて、飯田さんは「経営者が思い切って、職員にリーダーを任せたらどうか」と説きます。入職3年目の若手職員を管理職に抜擢するなど、「任せる」ことに重きを置く福祉楽団。どんな年次の職員にも、リーダーとして活躍できるポテンシャルはあるといいます。
報酬に見合わない形でリーダーに抜擢するのはダメ。頑張れるかどうかは報酬だけではありませんが、リーダーとして成長してもらうためには法人からのフォローも併せて行うことが重要だと思います。
両法人の話を聞いていると、外からは見えないところで常に試行錯誤を繰り返しているのが分かります。どんな事業も、地道なことの繰り返しで成り立っています。良い組織づくりもまた、トライ&エラーの先に成し遂げられるのかもしれません。

【参考】
・社会福祉法人福祉楽団株式会社
・社会福祉法人南高愛隣会
・KAIGO HR FARM「福祉楽団らしさは綺麗事でつくれない。採用も人材育成も“当たり前”を積み重ねていく(秋本可愛のねほりはほり探訪vol.2-1)」
・KAIGO HR FARM「信頼の基盤は「仕事」にあり。常に課題に向き合うマネジメントのあり方(秋本可愛のねほりはほり探訪vol.2-2)」
・KAIGO HR FARM「離職率20%超えの組織を変革する。南高愛隣会が目指した“60点”の組織づくりと今後のビジョン(秋本可愛のねほりはほり探訪vol.3)」

堀聡太
株式会社TOITOITOの代表、編集&執筆の仕事がメインです。ボーヴォワール『老い』を読んで、高齢社会や介護が“自分ごと”になりました。全国各地の実践を、皆さんに広く深く届けていきたいです。