閉校寸前の介護福祉士養成校が定員充足率105%にV字回復。ドットラインが手掛けた、“選ばれる学校”へのリブランディング戦略

2025/05/19

将来のなり手不足が加速する介護業界。介護福祉士養成校の入学者数は減少傾向にあり、日本介護福祉士養成施設協会が実施した調査(※)によると令和4年度の入学者数は6,802人と過去最少を記録し、定員充足率は54.6%にとどまりました。 ​

長引く定員割れから運営が困難となり、募集停止や廃止に追い込まれる学校もあるなか、ドットライングループが運営する「京葉介護福祉専門学校」は、2025年度4月入学者の一般募集定員40名に達し、105%という高い定員充足率を達成しました。 ​

「実はもともと定員割れしていて、経営難で廃校予定の学校だったんですよ」と話すのは、理事長の垣本祐作さん。垣本さんは、千葉県を拠点に医療・福祉、療育・教育、イノベーション事業を展開する株式会社ドットライン(ドットライングループ)の代表取締役も務めています。経営難からスタートした同校に、なぜ学生が集まるのか──。KAIGO HR FARMを運営する株式会社Blanketの松川がお話を伺いました。

介護福祉士養成校、令和4年度入学者数は過去最少 定員充足率は54.6%|日本介護福祉士養成施設協会

学校法人Dot学園 京葉介護福祉専門学校
理事長 垣本 祐作

1985年生まれ、千葉県出身。高校時代、坂本龍馬に憧れ、経営者になることを決意。24歳で起業。祖母の死をきっかけに、2014年から訪問介護事業を千葉市にて開始。現在、千葉県最大級の総合福祉医療企業「株式会社ドットライン(ドットライングループ)」の経営者として、医療・介護・福祉業界をリードする手腕が注目を集めている。

教育機関を運営するという選択。閉校寸前の学校を引き継いだ理由

垣本さん:現在当校は2年制で、2025年度は定員40名のところ、60名の応募があり、高卒生が12名、留学生が30名、計42名が入学しました。外国人の受け入れ国としては、一番多いのがネパール、次いで中国、ベトナム、ミャンマーです。ありがたいことに、2026年度の学生募集も、すでに昨年を上回るペースでオープンキャンパスへのご参加をいただいており、順調に志願者が集まっています。来年度も定員超過する見込みです。

松川:非常に高い定員充足率ですね。そもそも、なぜ専門学校の運営をすることになったのでしょうか?

垣本さん:きっかけは、ドットライングループ全体で教育・育成を強化する必要性があったからでした。2014年の創業以来、右肩上がりで事業が拡大し、従業員数も増加。それに伴い、質の高いサービスを提供するために教育体制の強化が不可欠になってきました。そこでまずは、独自のトレーニングセンター(研修センター)の設立を検討していたところ、知り合いから「京葉介護福祉専門学校」の話を聞いたんです。

垣本さん_1

垣本さん:話を聞いた時点では、学生が集まらず経営難、閉校寸前の状況でした。そう聞いたとき、「これはどうにかしないと」と思ったんですね。

松川:どうにかしないと、ですか。

垣本さん:このままでは、教育機関という地域の貴重な資源がなくなってしまう。そして、福祉職や介護職の必要性がますます高まる中で、そのなり手を育てる場が失われることは業界や地域全体にとっても大きな損失です。

当社としてもちょうど教育分野に興味を持っていたタイミングでしたし、教育カリキュラムの基盤があって、教育設備も整っている。さらに、当社の若手社員は大学や高校で介護・福祉を学んできたメンバーばかりではないので、社員のトレーニングセンターとしても活用できるのではと考えました。さまざまな条件が重なり、学校法人Dot学園を立ち上げ、運営を引き継ぐことに決めたんです。

“弱み”と“強み”を洗い出し、再スタートの一歩を

松川:とはいえ、引き継いだ当初は経営の危機だったと思います。学校を立て直すために、どのような取り組みをされたのでしょうか?

垣本さん:まず最初に行ったのは、課題、つまり弱みの洗い出しです。閉校を前提としていたため、学生を獲得する意識や学校のPR活動に消極的になってしまっていることが最大の弱みでした。

ですが一方で、強みもありました。まずは立地。当校は、千葉県内のターミナル駅であるJR内房・外房・京葉線の蘇我駅から徒歩4分というアクセスの良さがあります。

次に、充実した教育設備。個浴や特殊浴槽といった入浴設備をはじめ、ベッドや介護技術の練習に使う人形(介護用模型)などの必要な備品も完備されていました。そして、何より国家試験の合格率が100%で、千葉県トップだったこと。これはつまり、在籍する職員・講師の方々の教育力が高いということに他なりません。

垣本さん・松川_2

松川:学校のPR活動には消極的だったかもしれませんが、教える姿勢や学生に対する向き合い方は優れていたんですね。

垣本さん:はい。弱みと強みが見えたことで、あとは弱みを減らし、強みを最大限生かしていくだけ。リブランディングは、ドットライングループで培ったノウハウを横展開する形で進めていきました。

未来のなり手を惹きつける学校とは?ターゲット視点での改革

垣本さん:弱み・強みを見つけた次は、ミッション・ビジョン・バリューの策定を行いました。やはりまずは、「私たちは何を目指すのか」という指針がなければなりません。そのために、学生には「どうして専門学校に入ったのか」「なぜ介護・福祉の仕事に就きたいのか」、職員には「どんな教育をしたいのか」「どんな学校にしていきたいのか」を、それぞれヒアリングしました

その中で、特に多かったのが「人のためになりたい」という想いでした。

ドットライン_スローガン

垣本さん:一人ひとりが持つ高いホスピタリティは当校の大きな財産です。しかしそれだけでは、自己犠牲的になってしまう側面もあります。そこで、母体であるドットライングループが掲げている「幸せの循環創造」というミッションを踏まえ、「人のため、そして自分のために」というスローガンへ刷新しました。

松川:学生や職員の生の声に耳を傾けられたんですね。

垣本さん:未来のなり手を惹きつけるためには、まず今いる学生や職員が何に魅力を感じているかを知ることが欠かせません。「なぜ介護・福祉の仕事に興味を持ったのか」「なぜこの学校を選んだのか」、その声を聞くことで、ターゲットを明確にしたブランド創りができるようになるんです。

ドットライングループでは、常にターゲットありきで採用戦略を立てており、当校でもターゲットに合わせたブランディングを行いました。例えば、想定するターゲットに合わせてホームページのデザインを刷新したり、SNSを活用した情報発信を強化したりなどです。SNSに関していえば、若手世代にとって必須のメディアなので、そのフィールドで情報発信しない手はないと思っています。

垣本さん:さらに、2025年に入って「学校の顔」となる校舎1階のエントランス部分を改築しました。もともとのエントランスはどこか昭和的な学校の雰囲気が漂う空間で、閉塞感もあり、人が集まれる場所ではなかったんです。

しかし、ターゲット目線の戦略として「入りたい」「通いたい」と思える設備は学校独自の魅力につながります。当然ながらコストや時間は掛かりますし、「デザインを変えればいい」というわけではありません。

しかし、「介護・福祉業界だから人が集まらないのは仕方ない」と業界を言い訳にするのではなく、小さなところからでも、未来のなり手が介護に興味を持ち、学びたいと思える環境を作り上げることが大切だと思います。

最新のエントランス

高齢者介護だけじゃない、“福祉”の仕事の魅力を伝える

松川:ミッション・ビジョン・バリューの再定義から始まり、サイトの刷新、SNSの活用を行ってこられましたが、成果はありましたか?

垣本さん:はい。「人のため、そして自分のために」を学校のスローガンとして掲げてからは、オープンキャンパスなどの来校型イベントや、高校へ出向く訪問型イベントなどで、積極的に発信を行い、次年度の定員募集では40名の定員が埋まりました。ミッション・ビジョン・バリューはつくって終わりではなく、内部の組織は勿論ですが、外へ向けて伝え、共感する人を集めてこそ意味があると考えています。

それから、もう一つ。来校型・訪問型イベントで必ず伝えているのが、「当校は福祉を総合的に学べる学校である」ということ。

垣本さん_3

松川:福祉、ですか。

垣本さん:学生と話すと「福祉=高齢者介護」というイメージを持っている場合がかなり多いんです。ですが、高齢者介護は福祉のごく一部にすぎず、障がい者福祉、医療、子どもなど多岐にわたることを伝えています。

松川:「福祉=高齢者介護」というイメージは、確かに多くの人が抱いていますね。学生には、福祉の多様な分野に触れるためのどんな体験が用意されているのでしょうか。

垣本さん:福祉には本当にさまざまな分野・サービスがあり、学生が想像しているよりもキャリアの幅は広い。けれど、そのことがまだうまく伝わっていないのが現状です。

その点、当校はドットライングループが母体にあるため、リアルな体験ができる環境が整っています。オープンキャンパスでは、体験型のイベントなどを通じて、「あ、福祉の仕事って面白そうだな」と思ってもらえるような仕掛けを大切にしています。福祉の仕事は、人のためにすることが自分のためにもなる意義深いもので、将来性の高い仕事であることも必ず伝えるようにしていますね。

ドットライングループならではの“実践重視”の教育体制

垣本さん:入学前のアプローチだけでなく、入学後もドットライングループの母体を生かした学びの環境を整えています。実習先の紹介はもちろん、アルバイト先としてグループ内の事業所を案内することで、授業で学んだことを実務で経験できるようにしています。

学校の目の前にはドットライングループの障がい福祉施設があり、障がい者支援の現場や、放課後等デイサービスでの児童発達支援といった子どもの領域、さらにはグループの医療法人での医療現場にも触れられます。現在は、学生の30%以上がドットライングループでアルバイトをし、学びと実践の両方を積み重ねています。

僕自身、「知行合一(ちこうごういつ)」という言葉が好きで、知識として“知っている”ことと、“実際にやっている”ことのギャップを少なくすることが大切だと考えています。学んだことをどう現場で活かせるか、その力を学生のうちから養えるのは、ドットライングループを運営母体に持つ当校ならではの強みですね。

垣本さん・松川_4

松川:他校と比べても、実践やリアルな様々な福祉の現場で学びを深められるのは、大きな差別化のポイントになりそうです。一方で、専門学校の存在は、ドットライングループの社員の皆さんにとってどんなメリットとなっているかも気になります。もともと教育体制の整備が必要で、トレーニングセンター的な位置づけも構想されていたかと思います。

垣本さん:はい。専門学校内の教育講師や充実した設備等の学校のインフラを資産として有効に活用しています。そのため、入口の看板には「KEIYO College」と「Dotline training center」を並列に表記しています。

具体的にはドットライングループの人事部が主導して、多くの社員の研修を担っています。トレーニングセンターの機能として「ドットライン企業内大学」と名付け、入社からの新人研修、管理職研修、昇格研修等を専門学校内でも行っています。

さらに、常に日頃から現場の社員のスキルアップを目的に社内研修は年間300日は実施しています。この教育体制をスタートしてから2024年の離職率は11.2%に下がり、サービス品質も向上して業績に大きく寄与しています。

「KEIYO College」と「Dotline training center」看板

“中にいる人”を知ることで、福祉の世界がぐっと身近に

松川:京葉介護福祉専門学校の運営が、御社の事業をさらに前進させる一手となっていることがわかりました。最後に、今後の展望を教えてください。

垣本さん:当校は介護福祉士養成校ですが、今後は介護に留まらず、障害福祉や医療分野も含めた総合的な学びの場にしていきたいと考えています。その第一歩として、定員の拡大をし、業界全体の担い手を増やしていくことを目指しています

松川:ちなみに、卒業後はドットライングループへ就職する学生が多いのでしょうか?

松川_正面

垣本さん:もちろん当社に入社する学生もいますが、私たちはそれにとどまらず、学生一人ひとりの可能性を広げたいと考えています。そのため、当社だけでなく様々な企業とも関わる機会を提供し、本人の強みや希望に応じた就職支援を行っています。

実習先で現場の職員と話す機会もありますし、直に利用者と接することで、自分がどんな道に進むかのヒントを得ている学生も多い気がします。

松川:現場に触れることが、自身のキャリア、そして働く軸を探すきっかけにもなっているんですね。そうした環境面以外で、若者たちに興味を持ってもらうために行っている工夫はありますか?

垣本さん:介護・福祉に限らず、まずは中にいる「人」を知ってもらうことが大切だと考えています。どんな人が働いていて、どんな人と出会えるのか。それを知ることが、興味を持ってもらう入口になると思いますね。

特に最近の若い世代にとって、「知らない」と「恐怖」はすごく近いところにあると感じています。SNSや口コミで多くの情報が見える時代だからこそ、未知の世界に飛び込むハードルは高い。でも逆に、「知っている」と「安心」が近くなります。

だからこそ、ドットライングループをはじめ当校でも、どんな先生がいて、どんな場所で学べて、理事長がどんな人かを含めてオープンに発信しています。この取材も、まさにその活動の一環なんですよ。

松川:たしかに、ホームページを見ると先生の紹介や在校生・卒業生の声などもわかりやすく掲載されていますよね。一貫して、ターゲットを意識した発信をされていることが伝わります。

垣本さん:介護・福祉業界は、高齢社会が進む中でますます需要が高まり、将来性のある“最強の業界”だと僕は信じています。これからも、この業界、そしてこの仕事の魅力を、しっかりと伝え続けていきたいと思っています。

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(文/田邉なつほ、編集/Ayaka Toba)