女性リーダーを育てる「クロスメンタリング」。介護・福祉現場にも広がる可能性
公開日:2025/10/20 更新日:2025/10/22
介護・福祉の人事・組織づくりを支援するコンサルタント・太田が、話題のニュースやトレンドから、現場で役立つヒントを読み解く連載コラム。初回の“ひとさじ”は、女性リーダー育成の新しい仕組み「クロスメンタリング」に注目します。
女性活躍推進の“次の一手”として注目される新しい仕組み
介護・福祉の現場では、女性職員が多数を占め、日々の運営を支える中心的存在となっています。一方で、管理職やリーダー層に占める女性比率はいまだに低く、キャリアの将来像を描きにくいという声も多く聞かれます。「責任ある立場に挑戦したい気持ちはあるが、身近にロールモデルがいない」「どのようにステップアップすればいいかわからない」といった悩みを抱える職員も少なくありません。
こうした中、異業種の大手企業8社(アデコ、イオン、エスエス製薬、シチズン時計、TOPPANホールディングス、パナソニック コネクト、明治ホールディングス、ルネサンス)が合同で進める「クロスメンタリング」という取り組みが注目を集めています。
クロスメンタリングとは、自社の社員同士ではなく他社の人とメンター・メンティーの関係を築き、キャリア形成を支援する仕組みです。メンティー(支援を受ける側)は、社内の文化や評価にとらわれずに自分のキャリアを客観的に見つめ直すことができ、メンター(支援する側)は、他社の人材を支援する経験を通じてマネジメント力や対話力を高めることができます。
企業を越えて生まれる学びの循環
この取り組みは、2022年度に経済産業省が実施した「企業横断型メンタリングプログラム」をきっかけに始まりました。2023年にはアデコ、パナソニック コネクト、ルネサンスの3社でスタートし、2024年に5社、2025年には8社まで拡大しています。約7か月にわたり、定期的な面談や振り返りを行うプログラムとして定着しています。
クロスメンタリングの良さは、異なる業界や文化の人と対話することで、自然に視野が広がる点です。メンティーは新たな刺激を受けながら自分の強みを再確認し、メンターも相手を支援する中で自分の関わり方を見直すことができます。このように互いに学び合う関係が生まれることで、職場にも前向きな雰囲気が広がります。
また、参加者同士の横のつながりができることも大きな特徴です。「同じように悩む仲間がいる」「他業界の働き方からヒントをもらえた」といった声が生まれ、キャリアを前向きに考えるきっかけになります。こうしたネットワークが広がることで、孤立しがちな女性職員が安心して成長を考えられる環境づくりにもつながっています。
介護・福祉業界における応用のヒント
クロスメンタリングの考え方は、介護・福祉業界でも十分に活かすことができます。人材育成やキャリア支援の仕組みを充実させたい法人にとって、導入しやすく職員の意欲向上にもつながる取り組みです。現場の状況に合わせて、次のような方法が考えられます。
地域のネットワークを活かした法人連携メンタリング
同じ地域包括ケア圏内の福祉・医療・介護の事業者が協力し、女性職員同士をマッチングして3〜6か月間のメンタリングを行います。既存の「地域ケア会議」や「事業者連絡会」を活用すれば、新たな組織を立ち上げる必要がありません。定期的に合同の振り返り会を開くことで、学びを共有し合える場になります。
自治体や業界団体が関わるキャリア支援プログラム
行政や社会福祉協議会などが主催するリーダー研修に、他法人とのメンタリングを組み合わせる方法です。研修で学んだ内容を現場に持ち帰る前に、他法人の職員と意見交換を行うことで、より実践的な気づきが得られます。主催団体がマッチングや進行をサポートすることで、初めての法人でも参加しやすくなります。
オンラインで行うメンタリングの導入
夜勤やシフト勤務のある介護職員でも参加できるよう、月1回・1時間程度のオンライン面談を中心に進めます。時間や場所の制約が少なく、異なる地域や法人の職員同士でも交流しやすい方法です。面談内容を記録できる共有ノートを使うと、振り返りがしやすく継続的な取り組みにつながります。
小規模事業所による合同メンタリング会
小規模な施設や事業所同士が協力し、テーマを決めた少人数の交流会を定期的に開く方法もあります。「新人育成」「家庭と仕事の両立」「チームリーダーとしての悩み」など、共通の関心ごとをもとに話し合うことで、互いの経験から学びを得られます。こうした対話の場は、キャリアを考えるきっかけづくりにもつながります。
これらの取り組みは、特別な予算や制度を設けなくても始められます。既存のネットワークを生かしながら小さく試し、少しずつ形にしていくことで、職員が安心してキャリアを考えられる環境づくりにつながります。地域全体で「人を育てる風土」を共有することが、これからの人材戦略で重要になっていきます。
キャリアを支え合う文化を育てる
女性のキャリア支援は、大企業だけの課題ではありません。介護・福祉の現場で働く女性たちが、自分の経験を振り返り、他者と語り合う時間を持つことは、次の一歩を考えるうえで大きな意味があります。
人が人を支える仕事だからこそ、働く人のキャリアもまた、人とのつながりの中で育っていきます。クロスメンタリングを通じて支え合う文化が広がることで、介護・福祉業界の人材育成はより温かく、持続的なものへと進化していきます。
参考:アデコプレスリリース「女性のキャリア開発支援のため、8社合同で『クロスメンタリング』の取組を推進

