「森のプログラム」に学ぶ、職員の心を整える研修のヒント
公開日:2025/11/25 更新日:2025/11/25
介護・福祉の人事・組織づくりを支援するコンサルタント・太田が、話題のニュースやトレンドから、現場で役立つヒントを読み解く連載コラム。今回の“ひとさじ”は、「森のプログラム」をヒントに、職員の心を整え、チームの関係性を育む研修のアイデアを紹介します。
森林を“学びの場”に変える取り組み
林野庁は、森林空間を活用して地域の活性化や雇用創出を目指す「森業(もりぎょう)」の一環として、企業や団体向けに「森のプログラム」を提供しています。このプログラムは、森林の中で行う体験活動を通して、心と身体の健康を整え、チームのつながりを深めることを目的としたものです。
近年では、人的資本経営や従業員のウェルビーイング、健康経営の一環として注目が高まり、「森のプログラム」を社員研修やチームビルディング研修に取り入れる企業も増えてきています。
2025年11月には、関西地域で「森のプログラム活用セミナー」と「日帰り体験会」が開催されます。セミナーでは、企業の導入事例やプログラムの効果が紹介され、翌日の体験会では実際に森林空間での活動を体感できる内容が予定されています。
「自然環境を活用した人材育成」は業種を問わず関心が高まりつつあり、森のプログラムはその代表的な取り組みの一つといえます。
自然がもたらす「心の余白」
都市部で働く多くの人が、常に時間に追われ、デジタル機器に囲まれた生活を送っています。便利な反面、情報にさらされ続ける環境では、心が休まる瞬間を見つけるのが難しくなっています。
一方で、自然環境の中で過ごす時間は、ストレスの軽減や集中力の回復に効果があると多くの研究で報告されています。森の中で深呼吸をするだけで副交感神経が優位になり、心拍数や血圧が安定するというデータもあります。
こうした「森林浴」の効果を研修や教育に応用したのが、森のプログラムです。単なるレクリエーションではなく、「自然の中で過ごす時間」を通して自分や仲間を見つめ直すことを目的としています。
静かな森の中で立ち止まり、風や光の変化を感じながら語り合う時間は、普段とは異なる思考を呼び起こします。非日常の空間に身を置くことで、職場では見えにくかった一人ひとりの思いやチームの関係性が浮かび上がってきます。特に、コロナ禍を経てメンタルヘルスやウェルビーイングへの関心が高まるなかで、森のプログラムは“心を整える研修”として注目されています。
日常から少し離れ、自然の中で心身をリセットする時間が、働く人にとっての「心の余白」を取り戻すきっかけにもなっているようです。自然の中での静けさや、木々の香り、鳥の声といった五感の刺激が、頭の中を整理し、気持ちを穏やかにしてくれる――そんな効果を感じる人も少なくありません。
チームの関係を変える“体験型の学び”
森のプログラムでは、森を歩くだけではなく、チームでの対話や課題解決を行う時間が設けられています。自然の中では、上下関係や役職の枠を超えて、参加者同士がフラットに関われるという特徴があります。
「いつもは職場で話しづらい上司とも自然に会話ができた」「普段気づかなかった職員の良さを感じた」といった声も多く聞かれます。
体験を通じて互いの理解が深まることは、職場に戻った後のコミュニケーションにも良い影響を与えます。これまでのように「報告・連絡・相談」を中心とした関係ではなく、「気づきや学びを共有する関係」へと変化していく──。
こうしたチームの変化こそが、離職防止やエンゲージメント向上にもつながっていくと考えられます。また、森のプログラムでは「成果」よりも「過程」を大切にしています。そのため、失敗や迷いも含めて学びの一部として扱われ、参加者が安心して発言・行動できる雰囲気が生まれます。
これは、近年注目される「心理的安全性」の高い学びの場といえます。参加者同士が自然体で関われる空気があるからこそ、職場では出てこなかった意見や発想が生まれることもあります。
介護・福祉現場に生かせるヒント
介護・福祉の現場は、日々多くの判断と感情のやりとりが求められる仕事です。職員が心身のバランスを崩すと、チーム全体の連携や利用者対応にも影響が出やすくなります。
そんな現場こそ、森のプログラムのような取り組みからヒントを得られる部分があります。たとえば、研修やミーティングの中で“安心して話せる時間”を意識的に設けることは有効です。会議室ではなく外の空気を感じられる場所で対話してみるだけでも、職員の表情や言葉に変化が生まれることがあります。
自然の中に身を置く必要はありませんが、「環境を変えて、心をほぐす」という視点を取り入れることは、チームづくりにも役立ちます。森業のような取り組みをそのまま導入するのではなく、人がリラックスしやすい環境で心を整える時間をつくるという考え方を参考にしてみると良いかもしれません。
そうした時間があることで、職員同士が穏やかに言葉を交わし、自分の想いを整理しやすくなり、チーム全体の関係性にも少しずつ変化が生まれていきます。忙しい日々の中で“立ち止まる時間”を取り戻すことが、職員のやる気や安心感を育てるきっかけになっていきます。
自然の中に学ぶ、職場づくりのヒント
これからの人材育成では、知識やスキルの習得だけでなく、心の状態を整えることが欠かせません。
自然の中でリラックスしながら対話する時間は、職員が自分の仕事の意味を再確認し、再び前を向くきっかけを与えてくれるかもしれません。こうした“心を整える学び”を少しずつ取り入れていくことで、働く人の幸福度を高め、結果的に利用者やチームにも良い影響が広がっていきます。
介護・福祉の現場においても、職員が肩の力を抜いて話せる時間や、いつもと違う環境で関わりを深める機会を意識的に設けていくことが大切です。小さな工夫であっても、それが積み重なれば職場全体の空気が変わり、誰もが安心して働ける環境に近づいていきます。
“自然の中での学び”という発想をヒントに、現場の中に少しのゆとりや対話の時間をつくっていくこと。それが、これからの介護・福祉現場における人材育成の新しい形になるかもしれません。
