届かないと意味がない。介護こそ、魅力を伝えるための企画が必要だ【成功事例・プロから学ぶ「介護福祉業界の採用PR講座」イベントレポート①】

2022/09/08

こんなに良いことをしているのに、求職者に自社の魅力が伝わらない。

そもそもどうやって企画を作ればいいのだろうか。

SNS全盛期、誰もが発信できるようになった一方で、情報を相手に届けることの難しさは格段に上がりました。そんな中、話題作りに成功しているプロジェクトもあります。彼らは、どんなことを意識して企画を作っているのでしょうか?

登壇いただいたのは、認知症の人々がホールスタッフを務めた「注文をまちがえる料理店」の発起人・小国士朗さん。オープン時から絶賛され、国内外で数々の賞を受賞したプロジェクトの企画に携わりました。

今回は、実際に小国さんが手掛けたプロジェクトをご紹介いただきながら、企画を考える上で意識していること、小国さんの仕事の流儀などについて話していただきました。

【ゲスト】

株式会社小国士朗事務所 代表取締役
小国 士朗(おぐに しろう)

2003年NHKに入局。ディレクターとして「クローズアップ現代」「プロフェッショナル 仕事の流儀」などの番組制作に携わる。在職時に認知症の人々がホールスタッフを務める「注文をまちがえる料理店」のプロジェクトが国内外の注目を集める。NHK退職後は「丸の内15丁目Project.」「deleteC」など、様々なプロジェクトの立ち上げ、運営を行っている。

「届かない」ことを前提に考える

もともとNHKで番組ディレクターだった小国さん。「プロフェッショナル 仕事の流儀」など人気番組にも携わり、意欲的に仕事に取り組んでいたそうです。

転機は社会人10年目、突然心臓病を患いました。大事には至らなかったとのことですが、これまで同様の仕事のやり方ができなくなってしまったそうです。

そこで思いついたのが「番組を作らないディレクター」という新しい生き方でした。「テレビ番組が作れないのであれば、テレビという枠を飛び越えて、情報や価値を届けることができないか」と考えたそうです。

小国さんの手掛けたプロジェクトは実に多彩です。性的マイノリティへの理解促進、マイナースポーツの普及支援、がん治療研究の啓蒙活動など──。それらの多くは、長い間、解決が望まれてきた課題でした。「自分とは関係ない話だ」「具体的にどうしたら良いか分からない」といった従来の壁を乗り越えて、小国さんは世間の関心を集めることに成功しました。

小国さんは、「大切なことは届かない。届かないものは存在しない」と常に意識しているそうです。忙しい人、テレビを観ない人、地方にいる人。届けるための方法を真剣に考えるべきだと話してくれました。

注文をまちがえる料理店を、福祉のプロジェクトと言わなかった

小国さんが手掛けたプロジェクトとして「注文をまちがえる料理店」が挙げられます。2017年に期間限定でオープンしたレストランで、大きな特徴のひとつが、認知症の人々がホールスタッフを務めたこと。「配膳の間違いがあっても良いじゃないか」という姿勢とともに、認知症に対する関心や共感を集めました。

当時小国さんが強調していたのは「お店は福祉のプロジェクトじゃない」ということ。おしゃれで美味しく、ここに来たらみんなが楽しくなるような空間作りにこだわったそうです。

嬉しいことに、「同じようなことをやりたい!」という思いを持った多くの人たちが、それぞれの町で「注文をまちがえる料理店」のコンセプトをもとにしたイベントを開催したそうです。その輪は日本だけに留まらず、中国、韓国、イギリス、カナダなどにも広がりました。

高齢化とともに、認知症患者数も増加している日本。それでも認知症という言葉は知っているけれど、実際にはよく分からないという人も多いと思います。グループホームという介護の専門施設だけでなく、誰もがふらっと訪ねることのできる場所で、認知症の人々とコミュニケーションをとってほしい。結果的に「注文をまちがえる料理店」は、世界150か国で報道され、国内外で数々の広告賞を受賞しました。

相手に届けるコツは「???・・・!!!」

数々のプロジェクトを成功に導いた小国さん。企画を考える上で大切にしている流儀が2つあるといいます。

ひとつめは「???・・・!!!」。

???:これって、なんだろう?

・・・:実は〜〜なんです。

!!!:なるほど!

上記は、情報を届ける「相手の思考」の流れを示したものです。実際に小国さんは、プロジェクトを設計するときはこの順番になるよう意識しているといいます。

注文をまちがえる料理店の場合も、

???:注文をまちがえる料理店って何だろう?

・・・:とてもおしゃれで美味しいレストランで、実は働いている人は認知症の人々なんだよ。

!!!:なるほど!

という順番で理解してもらうといいます。順番が違ったり、何かが抜けていたりすると、相手には正しく伝わりません。

世の中の多くのプロジェクトは「???」がないと小国さんは話します。理屈の通った企画だとしても、その企画を認知してもらうためのポイントが欠けており、結局は相手に届かないまま終わってしまうのです。

「これって、なんだろう?」と思ってもらうためには、タイトルやビジュアルなどのデザインが必要になります。「なるほど!」と思ってもらえれば、人は誰かに伝えたくなるとのこと。伝える相手が思わず前のめりになるような企画を意識していきましょう。

この指とまれの「指」を磨く

ふたつめは「この指とまれの「指」を磨く」。

どんな企画やプロジェクトでも、コンセプトが大事だとされています。小国さんはコンセプトのことを「この指とまれの『指』」だと表現します。

小国さんが番組ディレクターだったとき、認知症の人々の取材を行ったそうです。それまでも認知症の関心はあれど「僕のような素人が関わっても良いのか」「もっと勉強しないといけないのではないか」という思いを抱いていたとのこと。このように、介護や福祉に対して、無意識のうちにハードルを設けている方は多いものです。

「注文をまちがえる料理店」は、あくまで、おしゃれで美味しいレストラン。店名には「認知症」という言葉を一切使っていません。そのかわりに、小国さんが立てたこの指は「間違えちゃったけど、まあ、いいか」だったと言います。認知症であってもなくても、「この指だったら止まってもいい」と思えるコンセプト。だからこそ「注文をまちがえる料理店」には認知症のことにそれほど関心がない人でも入店しやすいのです。その結果、認知症の人々とコミュニケーションをとる機会になるのです。

認知症は高齢者の5人に1人が発症するといわれています。今後ますます認知症が身近になるにつれ、医療や介護関係者だけでなく、多くの人たちの認知症への理解が必要になります。時には、様々な専門家をプロジェクトに巻き込んだ上で、課題解決を目指すこともあるでしょう。

そのために、「誰もが『この指とまれ』の『指』に止まることができるか。止まりたいと思える『指』になっているか」を自問することが大切です。現状に留まることなく、「指」を磨き続けていきましょう。

中途半端なプロより、熱狂する素人になろう

小国さんがNHK在職時、「YouTuber」という言葉が広まり始めます。しかし小国さんは、彼らのコンテンツが有益とは思えなかったそうです。その価値や熱量を見極められなかった自身を「中途半端なプロだった」と猛省していると話してくれました。

実は「注文をまちがえる料理店」を始めるとき、「こんなことしたら炎上するよ」「不謹慎だよ」という指摘を受けたそうです。それでも「お客さんと認知症の人々がコミュニケーションを楽しむレストラン」に価値を見出していた小国さん。周囲に熱意を伝え続け、コンセプトをブレずに通した結果、「注文をまちがえる料理店」は大きな話題を集めたのです。

最後に小国さんは、介護業界で働いている人たちにメッセージを送ってくれました。「仕事を始めたばかりのときに抱いていた思いや熱量を大切にしてほしい」といいます。

「もっと介護の仕事を知ってほしい」「今の仕事はもっと良くできるはずだ」と考えていた当時の感覚こそが宝の山であり、それは社会にとっての新しい“あたりまえ”になっていく可能性があると小国さんは力を込めます。

「『こんな世界を提示したい』というエソラゴトを描くことが大切」という言葉は、常に「熱狂する素人」としてプロジェクトに奔走する小国さんの生き方が詰まっていたように感じられました。

(文/堀聡太)