人材定着の鍵は「入社3か月」。オンボーディングで防ぐ“早期離職”の壁
公開日:2025/11/04 更新日:2025/11/06
介護・福祉の人事・組織づくりを支援するコンサルタント・太田が、話題のニュースやトレンドから、現場で役立つヒントを読み解く連載コラム。今回の“ひとさじ”は、早期離職を防ぐオンボーディングの工夫と実践のポイントです。
採用だけでは終わらない「入社後支援」の大切さ
介護・福祉業界では、「採用してもすぐ辞めてしまう」という悩みも多く聞かれます。せっかく苦労して採用できても、入職後一年経たないうちに退職してしまうケースも少なくありません。原因の多くは、仕事や職場へのなじみにくさ、そして「思っていたのと違う」という気持ちです。
マイナビが2025年10月に発表した「組織定着に関する研究調査レポート」では、入社した人が早く職場に慣れ、安心して働けるように支援する“オンボーディング”という考え方が注目されています。
オンボーディングとは、入社した人が新しい環境にスムーズに溶け込み、仕事を覚え、自信を持てるようにサポートする取り組みです。研修だけでなく、チームへのなじみ方や職場文化の共有など、受け入れの仕組み全体を指します。
調査では、入社から3か月の間に理想と現実のギャップに直面し、戸惑いや不安を感じる人が多いことが明らかになっています。この時期に適切なフォローがない場合、状況が自然に改善することは少ないとされています。採用段階から職場の実情を正直に伝え、入職後のギャップを小さくすることが、早期離職を防ぐ大きなポイントになります。
介護・福祉の現場で起こりやすい“ギャップ”
介護や福祉の仕事は、利用者一人ひとりの生活を支え、その人らしさを大切にできるやりがいのある仕事です。
一方で、実際の現場では、身体介助の負担や突発的な対応、限られた人員の中で連携を取りながら働く難しさなど、日々のストレスを感じる場面も少なくありません。そうした現実に直面したとき、「想像していたより大変」「自分には続けられないかもしれない」と感じる人もいます。特に未経験で入職した人や若い世代ほど、そのギャップに戸惑いや不安を抱えやすい傾向があります。
ただ、この時期をしっかり支援できれば、職員は前向きに仕事と向き合えるようになります。現場での体験を通して、「少しずつできるようになってきた」「自分も役に立てている」と実感できると、職場への信頼や愛着が育ちます。オンボーディングの目的は、まさにこの育つきっかけを支えることにあります。
現場でできるオンボーディングの工夫
オンボーディングは「辞めさせないための制度」ではなく、「安心して活躍できる土台づくり」です。
介護・福祉の現場でも、特別な仕組みを用意しなくても、日々の関わりの中で取り組むことができます。ここでは、入職前から定着までの流れに沿って、実践しやすい工夫を紹介します。
【1】入職前──“リアル”を伝え、ギャップを小さくする
採用段階から、仕事のやりがいや魅力だけでなく、実際に起こりうる大変さも正直に伝えます。たとえば「利用者の体調や感情によって対応が変わることがある」「忙しい時間帯には同時に複数の対応が必要になる」など、現場での日常を具体的に共有します。
また、職場見学や現場職員との交流の機会を設けると、働く雰囲気を肌で感じられ、安心感につながります。
【2】入職初日──安心してスタートできる環境をつくる
初日は、まず人間関係づくりを大切にします。業務説明よりも先に「一緒に働く仲間」として歓迎されていると感じられるよう、挨拶や紹介、ちょっとした雑談の時間を設けましょう。
また、制服や備品の使い方、休憩場所など、日常の小さなルールを丁寧に案内することも大切です。初日の印象が「ここなら大丈夫」と思えるきっかけになります。
【3】入職初期(1週間〜3か月)──不安を拾い、支え続ける
この時期は、リアリティショックが起きやすいタイミングです。定期的に面談や声かけを行い、「困っていること」「不安なこと」を早めに共有できる場をつくりましょう。
また、OJT(現場指導)だけでなく、メンター制度を取り入れるとより効果的です。OJT担当者とは別に、気軽に相談できる先輩をつけることで、心理的な安心感が高まります。「最近どう?」「無理していない?」といった一言が、新人にとって大きな支えになります。
【4】定着フェーズ──小さな成功を積み重ねる
3か月を過ぎる頃には、徐々に仕事にも慣れてきます。この時期には「できるようになったこと」を一緒に振り返り、成長を実感できる場をつくります。朝礼での一言紹介やミーティングでのフィードバックなど、日常的に「よく頑張っているね」「ありがとう」と声をかけることがモチベーションの維持につながります。
また、定期的に雑談や情報共有の時間を設けたり、ちょっとした交流の場をつくったりすることで、職員同士のつながりが深まり、チームの雰囲気がより穏やかになります。
定着を育てるのは“関わり合い”
オンボーディングは、新人のためだけの仕組みではありません。受け入れる側にとっても、自分の仕事を見直し、チームで支え合う意識を高めるきっかけになります。新人を迎えるたびに「どうすればもっと働きやすくなるか」を考える文化が根づけば、組織全体が少しずつ強くなります。
介護・福祉の現場では、「教える余裕がない」「研修の時間が取れない」といった声も少なくありません。けれど、オンボーディングは特別な制度ではなく、日常のコミュニケーションそのものです。
たとえば「最近どう?」「困っていることある?」と声をかけることも立派なサポートです。そうした小さな関わりが積み重なることで、職員が安心して働ける職場が育っていきます。
入社はゴールではなく、スタートです。入社後の3か月をどう支えるかで、その人が職場になじみ、長く働けるかが変わってきます。新しい仲間が安心して成長できるよう寄り添うことが、これからの介護・福祉の職場づくりに欠かせない視点だと思います。
