弁護士が徹底解説!介護現場におけるクレーム・ハラスメントの適切な対応方法
2023/04/04
「カスタマーハラスメント」という言葉を聞いたことがありますか? 顧客や消費者、取引先といった立場の優位性を使い悪質な要求や理不尽なクレームを行う行為のことを言います。
特に、人と人とが密接に関わり合う介護業界では、利用者やその家族からのハラスメントが問題視され、対策が重要視される問題に。
今回、「介護施設の紛争予防・対応マニュアル」著者であり、介護法務に精通した弁護士の長野 佑紀さんに、介護現場におけるクレーム対応・ハラスメント対策を徹底解説いただきました!
最大限利用者に向き合い、サービスを提供する介護・福祉事業所の健やかな施設運営に向け、利用者・家族・職員などの関係者が、良い関係を築けるよう適切な対応をご紹介します。
弁護士 長野 佑紀氏
1987年生まれ。京都大学法学部、京都大学法科大学院を卒業し、2012年に弁護士登録(東京弁護士会)。宮澤潤法律事務所に入所以来、介護施設や医療機関からの法律相談、紛争・訴訟対応を中心に取り扱う。現在は、全国各地の社会福祉法人、医療法人、株式会社等の介護施設運営事業者の顧問弁護士、理事、評議員を多数務めながら、介護・医療業界におけるリスクマネジメント強化を目標に講演も行っている。
カスタマーハラスメント対策を怠ると、事業所の安全配慮義務になることも
介護現場におけるカスタマーハラスメントとは、厚生労働省が作成した対策マニュアルによると「介護サービスの利用者や家族等からの身体的暴力、精神的暴力及びセクシュアルハラスメント」だと定義されています。
では、なぜ各事業所はカスタマーハラスメントを対策する必要があるのでしょうか?
「事業者には職員に対する安全配慮義務等があり、その責務として対応する必要がある」と長野さんは話します。
例えば、利用者や家族が職員に対して無理な要求をした際、場を収めるために謝る必要のない範囲まで職員に謝罪をさせたり、無理を強いることは安全配慮義務違反とと判断される場合があります。
介護・福祉は人と人とが密に関わり合うことで提供されるサービスです。利用者には様々な状態、症状の人がおり、介護に関わる家族の在り方も様々でしょう。しかし、カスタマーハラスメントは利用者や家族の状態や性格によって左右されるものではなく、ハラスメントであるかどうかを客観的に判断することが重要なのです。
カスタマーハラスメントの判断基準は、大きく2つ
次に長野先生が話したのは、カスタマーハラスメントの判断基準。これは大きく2つあります。
①利用者・家族等の要求内容に妥当性があるか?
②要求を実現するための手段・態様が社会通念に照らして相当な範囲であるか?
「①、②どちらか一方で判断するのではなく、①②の両方を併せて判断することが重要です」とのこと。
もし利用者の家族から施設側へ改善の余地がある要求内容を言われた場合、要求内容は適切であるため、①の要件は満たされています。
しかし万が一、机を叩く、物を投げつける、暴力を振るうなどの方法であれば、②の判断基準である「手段が相当な範囲」ではないため、カスタマーハラスメントだと判断できます。
それでは、①利用者・家族等の要求内容に妥当性があるか? ②要求を実現するための手段・態様が社会通念に照らして相当な範囲であるか? についてより詳しく解説します。
「利用者・家族等の要求内容に妥当性があるか?」を見極める7例
①法令または契約範囲外のサービスを求める
法例外のサービスは、例えば介護職員に対して医師でないとできない行為を求めることなどが該当します。
契約範囲外のサービスとは、各施設ごとで決められている契約書に書かれた内容以上のサービスを求めてくることを言います。提供するサービス業態などに応じて核施設ごとに契約書に則って自由に決めることができます。
長野先生曰く、仮に問題が起こったときに重要視されるのは「契約書に書かれたサービス内容」であるかどうかという点です。
そのため、各施設は現状の契約書と実態がリンクしているかを確認し、ズレがある場合は契約書を更新するようにしましょう。実態が変動する場合は、注意事項として契約書に明記しておくと安心です。
②不合理、不適切なサービスを求める
医師が反対しているにも関わらず市販薬を持ってきて服薬を求める、医学的根拠を欠く無理なリハビリを求めるなど根拠のない要求はハッキリと断りましょう。
前述したように、その場を収めるために要求に応えてしまうと、裁判では受け入れた施設側にも責任があると判断される可能性があります。
不合理、不適切なサービスを求められたときは、毅然とした態度で断ることが大切です。
③正当な理由なく職員に関する人事上の措置を求める
職員の人事権は施設側にあるため、人事上の措置を検討・実行するのはあくまで施設側であり、客観的に判断しましょう。
「利用者の家族が求めてきたから」等の理由で人事配置を決定してしまうと、当該職員を傷つけてしまうのはもちろん、人事配置を変更したことで他の利用者の適切なケアにも影響を及ぼす可能性があります。
④支払い義務のない金員の支払いを求める
介護事故が起こってしまった場合、責任の範囲内で賠償責任を負う必要があります。しかし、根拠のない法外な請求をされたときは、施設内に落ち度があったとしても金員支払いの対応はしなくても問題ありません。
⑤正当な理由なく義務の免除を求める
契約書に明記された利用者及び家族側の義務は、正当な理由がない限り果たす必要があります。
利用料の不払いの連絡をした際に「連絡が遅かったから支払えない」との言い分があった場合などは、「連絡が遅かったから」は正当な理由に当たらないため義務の免除はできません。
このようなトラブルを回避するために、施設側は逐一利用者及び家族側と連携をとり、問題が起こった場合は早急な対応をするように心がけましょう。
⑥不当に担当窓口の変更を求める
③正当な理由なく職員に関する人事上の措置を求める、と通じますが要求が通らないことを理由に、施設長や医師に窓口担当の変更を求めるのは、妥当性を欠いていると判断できます。
⑦不当に謝罪を求める
謝罪すべきことは謝罪し、賠償の責任がある場合は支払いなどの義務を負う必要があります。ですが、施設側に落ち度があったとしても、落ち度がない範囲まで謝罪を求める、土下座を要求される場合はカスタマーハラスメントに該当します。
「要求を実現するための手段・態様が社会通念に照らして相当な範囲であるか?」を見極める9例
次に、要求方法が社会通念に照らして相当な範囲でない場合の9例は以下になります。
長時間に渡り要求を求める時間拘束型、大きな怒鳴り声をあげる暴言型、暴力を振るう暴力型などは適切な要求方法とは言えません。最悪の場合、傷害罪や脅迫罪、名誉棄損といった刑法に抵触する可能性もあります。
職員がカスタマーハラスメント対応に疲弊し、精神的に追い詰められてしまうと、他の利用者にまで影響を及ぼすケースも。ベストなサービスを提供する・提供し続けるためには、毅然とした態度で「これ以上の対応は難しい」と言うこと、断るなどの対応をとるようにしましょう。
場合によっては躊躇せずに警察に連絡し、関係機関に助けを求めることも大切です。
カスタマーハラスメント対策のために重要な7ポイント
①クレームの具体的内容を特定し、クレームの様態等と共に具体的に記録し、法人内で共有する
クレームの具体的内容というのは、「誰が」「いつ」「誰に対して」「どのような状況・場面において」「どのサービスに関して」「どのようなことがあったのか」「それによってどのようなことが生じたのか」「相手側はどのような希望をしているのか」を網羅することが理想です。
情報が多いように感じてしまうかもしれませんが、詳細な内容は適切な対策・改善にも繋げられます。都度状況と対応を記録し、法人内で情報共有を心がけると良いです。
②対応窓口を一本化する
①の情報共有をするためにも、対応窓口は一本化しておくのが得策です。情報の入口を絞ることで共有がスムーズに済み、対応に差が出ることも防げます。
③調査が必要な場合、必要な調査を行い正確な状況を把握した上で回答する
正しい状況把握ができてないまま、回答をしてしまうとさらなる誤解を生む原因となります。
関係各所へのヒアリング、録画・録音があれば再確認、説明の再読み込みなど、何が問題となっているのかを認識したうえで対応策を回答しましょう。
④困ったら、自分たちだけで何かしようとせず、早期に弁護士、医師等の専門家や関係機関と連携して対応する
長野先生は、「ハラスメントは状況、程度、要因が多様なため、各施設や事業所だけで適切かつ法令に則した対応は困難な場合があります。専門家、関係機関と密に連携をとり、判断を仰ぐようにしましょう」と、この項目の重要性を話しました。
特に、録音・録画などは施設側だけで判断が難しい場合もあります。法律のプロである弁護士に相談できる環境があると安心です。
⑤利用者、家族等の言動が犯罪に当たる可能性があると判断した場合、警察への通報を躊躇しない
暴力を振るう、大きな声で怒鳴るなど、不安や恐怖を感じ、自分たちで対処が難しい場合は、素早く警察に連絡することが事態を好転させるきっかけにもなります。
⑥介護事業者側に落ち度がある場合であっても、落ち度に応じた相当な対応をすれば足り、過剰な対応は控える
落ち度があった点については、適切な謝罪や賠償などが必要になります。しかし、だからといって過剰な要求に応える必要はありません。
要求に応えようとするあまり、さらなるトラブルを招いてしまったり、信頼関係が壊れてしまったりする可能性があります。
⑦限界まで我慢せず、都度毅然とした対応をとる
まずは「これ以上の対応は難しい」「辞めてほしい」と注意を促し、そのうえで改善が見られない場合は、書面での警告、誓約書の作成、身元引受人の変更、施設への立ち入り制限なども実行してみてください。
施設内だけで問題を抱え込まず、必要に応じて地域包括支援センターや行政、警察等、第三者と連携をとり、冷静に対応するようにしましょう。
【ケーススタディ】このような場合はどう対応する?
最後に、2つのカスタマーハラスメントの事例を検討してみましょう。どのような対応が望ましいのか、ぜひ考えてみてください。
検討事例① 身元引受人の家族から頻繁にクレームを受ける
とある施設では利用者の身元引受人になっている家族から、介護サービスについて頻繁にクレームの電話がかかってきています。クレームの内容は、過剰なサービスを要求するものばかり。
職員はすでに都度応じられないことを説明していますが、良心からなかなか電話を切れないため疲弊し、恐怖を感じ始めています。先日は、担当医師から入院が必要な状態との説明がありましたが、身元引受人は「入院させるな」の一点張りでした。
<長野先生のポイント>
・要求内容は妥当性がなく、職員の長時間の拘束が認められます。無益な内容だと判断した場合、打ち切っても問題ありません。
・問題が起きたときのために、都度クレームの具体的内容や施設側の対応、時間などを記録しておきましょう。弁護士や関係各所と連携をとる際に、状況が伝わりやすくなります。
・利用者の安全とケアを最優先に考え、病院や行政と連携をとると安心です。
・理想的なのは、事前に身元引受人の変更に関する契約条項を契約書に定めておき、身元引受人を変更できると良いでしょう。
検討事例② 利用者が、職員へセクハラを行うようになった
とある施設を利用し始めて数年を経過した利用者が、職員へのセクハラを行うようになりました。具体的には、お風呂場や脱衣所での介助の際に職員の胸や股間を触る、卑猥な発言をする等の言動が増加。
注意を促しましたが改善されないため、さまざまな職員に被害が拡大し、介護拒否する職員が出始めシフトが組みにくくなっています。同性介護が望ましいですが、施設には男性職員が少なく、経験豊富な女性職員の配置で対応しています。
<長野先生のポイント>
・施設内で改善が難しい場合、素早く地域の関係期間・行政と連携をとるようにしましょう。
・次回からの対応策として、契約書の見直しがおすすめです。弁護士とともにどういった行動がセクハラに当たるのか、セクハラがあった場合はどのような対応をとるのかを契約書に定めておくと安心です。