「採用学」の服部泰宏先生に学ぶ、採用難時代における介護事業者の人材確保戦略とは?
2019/12/04
□採用難時代における介護事業者の人材確保戦略とは?
「ちゃんと人材採用して、ちゃんと人材育成しよう!」というスローガンの下、スタートした介護事業者の採用・人材育成力向上プロジェクト CHANT。
先日行われたCHANTプロジェクト説明会では、神戸大学大学院 経営学研究科 服部泰宏 准教授をゲストにお迎えし、「採用難時代における介護事業者の人材確保戦略とは?」というテーマでお話いただきました。
昨今介護業界に止まらず、多くの企業の最も重要な経営課題の一つとして「採用」が挙げられるほど、深刻な人手不足が続いています。この採用難時代に人材の確保と定着を実現するには、どのような採用活動をおこなっていけば良いのかと、頭を悩ませている介護事業者も多いのではないでしょうか。
このような課題解決のヒントとなる採用論の一つに、科学的なアプローチで採用活動をするという「採用学」があり、現在注目を集めています。
今回のセミナーでは、本プロジェクトの採用実践力向上プログラムの開発の監修も務めてくださっている「採用学」の第一人者、神戸大学大学院 経営学研究科 准教授の服部泰宏氏を講師にお迎えし、「採用学」に基づいた、厳しい採用市場に打ち勝つための人材確保戦略についてお話を伺いました。
□求職者に興味を持ってもらえる、応募したくなる会社とは
「求人を出してもそもそも応募が来ない」と言う介護事業者の方は多く、求職者に興味を持ってもらうにはどうしたら良いか?という点は大きな悩みでもあります。採用時にどのような工夫をすれば、応募者が増えるのでしょうか。そのことを知るには、まず求職者がどんな経緯で会社を選択し応募に至るのかといった、求職者目線での採用施策が必要だと服部先生はいいます。
求職者が会社に応募をする理由には、大きく2つのことがあります。
まず1つめは、求職者がその会社をすでに知っているという点があります。例えば、有名な企業で名前を知っていたり、求職者自身にその会社にまつわる何か(商品やサービスなど)の利用経験がある、知り合いや親族が働いている、といったような繋がりで興味を持っている場合は、求職者は自ら情報を集め始めます。
2つ目は、求職者がその施設や会社を見抜くだけの知識や情報を持っている場合。例えば、転職経験者や中途採用者であれば、事前にその業界のことを知っているので、自ら調べて、その会社について評価することができます。
しかし、新卒者や経験の少ない人というのは、これらの興味も知識も持っていない場合が多いです。そんな中で求職者がどのように応募する会社や施設を決めるのかというと「イメージ」になります。このイメージをどのように作るか、会社や施設のリテラシー(情報)を集め、それをどうやって伝えるのかが、非常に重要となってきます。自社なりの採用戦略をしっかりと考えることです。これにより、求職者の興味度合いが変わってきます。
それでは、どんな発信をすればよいのか。例えば、今の時代にささるメッセージや求人広告を考えたり、届けたい相手・ペルソナの設定なども重要です。
また、どの媒体で求人をするのかも調査する必要があります。その自社が応募してほしいと考えるターゲット像が、新聞を読む人なのか、SNSを利用する世代なのか、求人はWebメディアで見る人なのかといった、どの媒体を経由して会社に応募するのか、という点に注目することです。もし若い人をターゲットにするのであれば、今ほとんどの人は就職活動をスマホでしています。そこに適した形での求人情報や発信の仕方などが必要となってくる、そういう視点での採用計画が大切です。
□採用戦略は最重要項目!採用トレンドにも敏感になることが大切
介護関連の会社では、採用を戦略的に行っている法人はとても少ないのが現状です。事前にしっかりと採用戦略を立てた上で採用活動をすることは、非常に重要であり、さらにもう一つ、現在の採用トレンドを掴むことが、応募者数を引き上げることにも繋がります。
服部先生が数千人という、採用に関わる人物や企業からのヒヤリングをするうえで見えてきた採用トレンドの中でも、特に注目したいものに「採用のエンターテイメント化」「他企業との協力」「採用ターゲットの拡大」があるといいます。
「採用のエンターテイメント化」は、魅力的に感じてもらう、会社のファンを作るといった目的に加え、楽しんで参加してもらうことで、通常の面接時では見ることのできない、応募者の素の部分を垣間見れるという大きなメリットがあります。
とある地方の会社では、一般的な面接を行なった後に、麻雀が好きな社長と麻雀をするという機会を設けて、その麻雀の最中に現れる素の部分(負けが見えてきたときにどんな反応や行動をするのかなど)を1つの選考の基準にしているといった面白い例もあるそうです。
また「他企業との協力」は、初めのエントリー選考を他企業と協働し、その後の選考で、優秀だけど自社にはフィットしないといった場合に、協働している会社同士で推薦しあうといった方法や、横のつながりを活かして採用情報を共有したり、新たなヒントを得ることで、採用の幅が広がるといいます。
「採用ターゲットの拡大」では、採用担当者が欲しい人材というのは、どの業界も似ていて競争率が高いため、この理想的な人材像から少し離れたターゲット層へ拡大させることが、応募者数を増やすキーポイントであるといいます。
他にも、インターンシップからの直結採用、知り合いや社員からの紹介などを活かし、多様な採用入り口の設定を用意して、採用を行なう大手企業も最近は増えているといいます。
□人材定着のための大切なコンセプト:リアリティショックとは
リアリティショックとは、会社に入社を決めた人が、入社前に思い描いていた会社への「期待」と実際に現場で働いてみた際の「現実」にギャップを感じ、不安や幻滅、損失感を深めることをいいます。
2018年春にマイナビが新入社員の313名を対象に行なったリアリティショックの調査では、全体の約60%以上がこのリアリティショックを感じたと答えており、このギャップが埋められるかどうかが、将来の人材定着に密接に関わってくると服部先生は話します。
良い人材が来て欲しい!と願うために、説明会や面接などの採用時に会社の良いところばかりを伝えてしまい、会社に対する期待値を上げることが、勤務開始後のリアリティショックに繋がってしまう場合もあるとのこと。
この現象をできるだけ抑えるには、実際に現場で働いている人が感じるネガティブな点や大変な点を真摯に伝えることがとても大切であり、それが人材定着にも繋がるそうです。
会社を魅力的に伝えることは、とても大事。しかし、大変な部分を現実的な情報としてしっかりと伝えずにいると、結果的にはそれが離職へと繋がり、また新たな採用活動を行わなければならないという事態が起きてしまいます。
会社と求職者同士のマッチ率をできるだけ上げて、自社に合った人材の応募者と出会うには、「会社を魅力的に伝える」「リアリティショックを起こさないようにする」「エントリー時点で、ある程度応募者の振り分けができるように工夫をする」というのが、採用担当者にとっての大切なポイントであるとおっしゃっていました。
アメリカでは1970年代以降から、こうしたミスマッチを防ぐために、リアリズムに基づく採用という考えが浸透しており「リアルな仕事予告(Realistic Job Preview)」をするべく、会社説明会用のパンフレットやビデオ、採用の告知、インターンシップ、面接時の情報開示で、企業のリアルな情報を伝える採用法を取り入れているのですが、この中で日本が実施している項目は、まだインターンシップくらいだといいます。こういったことも考えて採用計画を練ることが必要になってきています。
□大企業の内定を蹴って、ベンチャー企業に就職を決めた学生の話
これまで1,000人以上の就職活動生と接してきて、とても印象に残っているエピソードがあります、とセミナーの最後に服部先生はこんなお話をされました。
国立大学を卒業された優秀な学生さんに、就職活動を行なった際にどんな企業が印象に残ったかと質問をすると「たくさんのフィードバックをくれた企業です」と答えたそうです。フィードバックをくれた会社には愛着が湧き、自分がどのように評価されているかがわかるのでとてもありがたい。きちんとしたフィードバックを頂けることで、この会社に入れば成長できるという予感にも繋がるといいます。
この学生さんは、実は大変有名な大企業から内定があったのにも関わらず、小さなベンチャー企業に就職を決めました。その理由として、憧れの大企業との面接ではコミュニケーションが充分に取れず、関係性を構築できなかったと感じ、内定をもらっても全く実感が沸かなかった。一方ベンチャー企業では、自分の話をしっかりと、目を見て最後まで聞いてくれたことがとても印象に残り、内定時の連絡で、採用担当者の方が「内定、良かったですね。も嬉しいです」と一人称で喜んでくれた。この言葉を聞いて、「この会社では自分が必要とされている」と感じ入社を決めたということでした。現在入社して6年目ですが、いまも変わらず同じ企業に務めているそうです。
このように、大企業だからその会社に決める!といったような風潮は変わりつつあります。企業の大小よりも、どんな人たちと一緒に働けて、どれだけ自分を必要としてくれ、どのように成長できるのか、といった「働きがい」を重視している求職者もたくさんいるのです。
今回のセミナーでは、採用学に基づく講義だけでなく、服部先生が研究を進める中で実際に見聞きした、企業と求職者、両目線からのさまざまな事例も交えてお話してくださり、これからの採用にも活用できそうな内容が盛りだくさんの時間でした。服部先生、誠にありがとうございました!
(文/佐々木久枝)
■ゲスト講師
服部 泰宏
神戸大学大学院経営学研究科 准教授。国立大学法人滋賀大学経済学部情報管理学科専任講師,同准教授,国立大学法人横浜国立大学大学院国際社会科学府・研究院准教授を経て,2018年4月より現職。日本企業における組織と個人の関わりあい(組織コミットメントや心理的契約)の視点か佐々木久枝ら,近年は,人材の採用と育成,評価の一貫性に関する研究,企業内で圧倒的な成果をあげる「スター社員」に関する研究,アジアにおける日本企業の人事管理の研究,日本,アメリカ,ドイツ企業の人事管理に関する国際比較研究などに従事。