働きがいと探究が交差する組織へ──安斎勇樹氏講演をヒントに考える介護・福祉の「冒険的世界観」
2025/07/07

人手不足、離職、モチベーションの低下。介護・福祉の現場が抱える課題は、単なる制度や働き方の問題ではなく、「組織のあり方」にも起因しているのではないでしょうか──。
「KAIGO HR FORUM 2024」では、そんな問いに向き合うヒントが提示されました。テーマは「介護・福祉業界の“よい組織づくり”を考える」です。
今回は、フォーラムにご登壇いただいた組織開発・キャリア論の研究と実践の第一人者である安斎勇樹氏が最新刊『冒険する組織のつくりかた』で提唱する「冒険する組織」という考え方を手がかりに、介護・福祉業界の組織づくりに役立つ学びや実践のヒントを探ります。
「軍事的組織」から「冒険する組織」へ
安斎氏が出発点に置くのは、「ビジネス組織やマネジメント教育は、あまりにも軍事的な世界観に傾倒しすぎていたのではないか?」という問いです。
例えば、私たちが日常的に使っている「戦略」「戦術」「フィードバック」などのビジネス用語は、戦後に確立された“軍事的世界観”の影響が色濃く残っています。
戦略と計画を経営が定め、従業員を“道具”として調達・管理・育成するような軍事的世界観は、戦後の経済成長を力強く推し進めてきました。しかし、働き方やキャリア観が「会社のために働く」から「自分はどう生きるか」「仕事で何を成し遂げたいか」へと大きくシフトしている現代の価値観とは“ずれ”も生じています。
そこで、安斎氏が提唱するのが「軍事的世界観」から「冒険的世界観」へのレンズのアップデートです。ここでいう“冒険”とは、先の見えない状況の中で、「この組織は何のために存在しているのか」「私はここで何を成し遂げたいのか」といった問いを探究し、新たな価値を生み出そうとする姿勢や行動を指します。
一昔前のマネジメントは、「上が決めた戦略をいかに部下にやらせきるか」が中心でした。しかし、現代では、組織の目的や存在意義を全員で問い直しながら、「私たちは何を大事にする組織なのか」を考え続けることが重要になっています。そのうえで、個人の自己実現と組織のビジョンをすり合わせ、共鳴させながら歩みを進めていくことが求められています。

介護・福祉事業者も「冒険する組織」への変革は必要か?

社会が大きく変化し、働く人の価値観も変容してきた時代。組織のあり方も変化していくことが重要とされますが、人材確保・職員定着に課題認識を持つ組織の多い、介護・福祉業界でも、この冒険的世界観が重要になるのでしょうか?
私たちKAIGO HRは、安斎氏のお話を聞き、介護・福祉業界だからこそ「冒険的世界観」が不可欠ではないかと考えています。その理由を、大きく3つの観点からご紹介します。
(1)自己実現を通じて働く人が多い業界であること
介護・福祉の現場には、「誰かの役に立ちたい」「その人らしい暮らしを支えたい」といった動機からこの仕事を選ぶ人が少なくありません。つまり、他者貢献を通じて自己実現を果たしたいと願う人が多いのです。
このような職員にとって、「ただルーティン業務をこなす」「売上や稼働率といった数値目標だけが求められる」といった職場では、モチベーションの維持が難しくなります。むしろ、自分の価値観やこだわりが仕事の中で活かされる環境——冒険的世界観を持つ組織にこそ、長く関わりたいと感じるのではないかと考えられます。
(2)正解のない問いに向き合う仕事だからこそ、共創的な組織が必要
介護や支援の現場は、マニュアルでは対応しきれない判断が求められる場面が多くあります。たとえば、
・認知症の症状のある方の不安や困りごとに、どのような言葉をかけるか
・利用者の“自分らしい暮らし”を、集団生活の中でどう支えるか
・家族の思いと本人の希望の間に立つケアマネの葛藤 など
これらは「対応方法」よりも、「どうありたいか」「どう関わるか」といった価値観の対話が求められる場面です。このような問いに現場全体で向き合うには、対話と探究を許容する文化=冒険的世界観が不可欠であるといえます。
(3)定着率向上の鍵は「関係性の質」と「意味づけ」
近年、職員定着に影響する要因として「処遇」だけでなく、「人間関係」や「仕事の意味づけ」が注目されています。
たとえば、ある法人では以下のような取り組みによって定着率が向上しています。
・チーム内で「自分がこの仕事を選んだ理由」を共有するミーティングを実施
・利用者のエピソードや人生を振り返る「ライフストーリー・ケア」を軸にしたケア方針を導入
・若手職員の声からプロジェクトを立ち上げ、「新しいレクリエーション」や「ケアの見直し」に挑戦
これらの共通点は、職員一人ひとりが“考える余白”を持ち、自分の関心やこだわりを持ち寄れることです。まさに、冒険的世界観が体現された組織文化といえるでしょう。
介護・福祉の仕事は、他者と真摯に向き合う営みであり、日々の現場は“探究の連続”であることが改めて確認できました。
コラムの後編「視点の転換で組織が変わる──安斎勇樹氏に学ぶ、介護・福祉業界の“冒険する組織”の5つのレンズ」では、これをさらに掘り下げ、安斎氏が提示する「5つのレンズ(目標/チーム/会議/成長/組織)」の視点から、介護・福祉の現場で実践できる具体的なヒントを紐解いていきます。
“冒険する組織”の一歩を、あなたの現場から。

組織の“あり方”を問い直すことは、介護・福祉業界で今後必要になる若い世代との関係を根本から見直すことにもつながります。しかし、その課題は一組織だけで解決できるものではありません。
2025年7月25日に開催するKAIGO HR FORUM 2025(夏開催)では、「Z世代・若者に選ばれる採用&職場づくり」をテーマに、現場で実践されているリアルな工夫や成功事例を共有し、未来に選ばれる職場づくりのヒントを皆さんと共に探ります。
「若者に選ばれる職場とは?」を共に探るフォーラムにぜひご参加ください。

【この記事を書いた人】
株式会社Blanket取締役/人事コンサルタント
野沢 悠介
立教大学コミュニティ福祉学部卒。介護事業会社で、採用担当・新卒採用チームリーダー・人財開発部長などを担当後、2017年より現職。介護・福祉領域の人材採用・人材開発を専門とし、介護・福祉事業者の採用・人事支援コンサルティングや、採用力向上のためのプログラム開発、研修講師などを中心に「いきいき働くことができる職場づくり」を進める。