人間関係が良ければ上手くいく。あおいけあ流自律型組織のつくり方(秋本可愛のねほりはほり探訪vol.1-1)

2024/07/31

【目次】

1. 「よりよい人間関係の構築」という山に登る
2. みんなが一緒に働きたいと思えるか
3. 最初は、頑張らなくていい
4. 専門性を広げていく努力
5. 介護の範疇でやれることを

人が集まる法人や、職員が辞めずに誇りを持って働く法人にはどんな特徴があるのでしょうか。

全国の気になる介護・福祉法人のキーパーソンに、株式会社Blanket代表の秋本が“よい組織づくり”のヒントを探る連載企画「秋本可愛のねほりはほり探訪」がスタートしました。

良い組織の様々な実践を紹介し、参考にしてもらうことで、より良いケアを実現できる組織を増やしていきたいと考えています。

記念すべき1社目は、最高の認知症ケアとして注目を集める、あおいけあ。

利用者がお茶を淹れたり、食器を洗ったり、裁縫したり。介護事業所だと知らなければ、認知症があるとは思えないほどです。

驚くことに、あおいけあで働くスタッフには、マニュアルも決められた時間割も与えられていません。スタッフ一人ひとりが利用者に向き合い、「何をすべきか」を考えなければ、あおいけあの介護は成り立たないそうです。

そんな自律型組織をつくるために、どのような採用戦略や人材育成を手掛けているのでしょうか。「特に何もしていない」と話すのは、株式会社あおいけあの代表・加藤忠相さん。その言葉の真意を詳しく取材しました。

 

株式会社あおいけあ 代表取締役
加藤 忠相 (かとう ただすけ)

1974年生まれ。東北福祉大学社会福祉学部を卒業後、横浜の特別養護老人ホームに就職。25歳で起業し、「グループホーム結」「デイサービスいどばた」の営業を開始。2007年からは小規模多機能型居宅介護を本格的にスタート。あおいけあの取り組みは多数のメディアで紹介されており、2019年には「Ageing Asia Global Ageing Influencer(アジア太平洋地域の高齢化に影響を与えている最も影響力のある指導者)」にも選出されている。

【事業者について】

株式会社あおいけあ
所在地: 神奈川県藤沢市亀井野4-12−93
URL:https://aoicare.co.jp/

2001年設立。認知症の進行を進ませないケアを中心に、「通い〜訪問〜宿泊」を柔軟に取り組むサービスを基本として、小規模多機能型居宅介護「おとなりさん」「おたがいさん」「いどばた」、グループホーム「結」を運営。 2021年3月には多世代型アパート「ノビシロハウス亀井野」を開始。施設内に塀などの仕切りはなく、地域住民の交流の場として親しまれている。

「よりよい人間関係の構築」という山に登る

株式会社あおいけあ 代表の加藤忠相さん

あおいけあには、マニュアルや決められた時間割がありません。スタッフ一人ひとりが自ら考えて行動し、利用者の自立支援を支えています。

スタッフにとって唯一の指針は、あおいけあのトップゴール「よりよい人間関係の構築」です。スタッフや利用者、地域の方々など、全ての人間関係において信頼を築けるよう努めなければなりません。

加藤さんは、入浴介助もスタッフの言葉かけも、全てがトップゴールの手段に過ぎないと話します。

社長は経営、管理者は回転率、看護職員は転倒させないこと、介護職員はレクリエーションのことだけを考えているのが、“ダメ”な組織の典型です。どれも大事だけど、そればかりに目を向けていると利害が対立します。『レクリエーション頑張りたいです!』って言っているスタッフに、『転んだらどうするんですか!』と反対するスタッフがいる。これで良い介護ができるでしょうか?

あおいけあの介護は、山登りに喩えることができます。

「よいよい人間関係の構築」という山。登頂までのルート(方法)や持ち物(手段)は人それぞれで良い。大事なのは、みんなが同じ山を登っているという思いがあることだと加藤さんはいいます。

仲の悪い者同士が、それぞれの“正しいこと”をぶつけても反発されるだけでしょう。だからこそ日頃から人間関係を意識したコミュニケーションが大切なんです。

みんなが一緒に働きたいと思えるか

事業所を囲む塀はなく、地域住民の通勤・通学路として開放している

介護・福祉業界で注目を集めているあおいけあには、入職希望者が少なくありません。面接を担当する加藤さんの採用基準はシンプルです。

うちで必要なのは、おじいちゃんやおばあちゃんがキラキラしているのを喜べるスタッフ。キラキラする自分がほしい人ではありません。

あおいけあの主役は高齢者。そのことを理解できているか面接で見極めるそうです。逆にいえば、加藤さんの判断はそれだけ。学歴も年齢も不問。事実としてあおいけあでは、女子大生から82歳まで、様々なバックグラウンドを持つスタッフが働いています。

採用面接の後は、最低2日間、ボランティアとして働いてもらいます。勤務状況を見て、最終的に採用するかどうかはスタッフが決めるそうです。

管理者だけでなく、全員が『あの人と一緒に働きたい』となれば採用です。自分たちで考えて、自分たちが受け入れると決めたスタッフだったら、頑張ってほしいと思えるはず。それに『みんなが一緒に働きたいと言っています』と採用を伝えたら、本人も嬉しいじゃないですか。

採用における「よりよい人間関係の構築」も、“みんな”が起点になっていることが分かりました。

最初は、頑張らなくていい

あおいけあの日常。地域住民やスタッフの子どもも出入りが多い

あおいけあに入職したスタッフは、どのように仕事を覚えるのでしょうか。

会社の理念を伝える以外には、特に何の指示も出さないと話す加藤さん。むしろ、最初のうちは“頑張る”必要がないといいます。

入職して2ヶ月間は、おじいちゃんやおばあちゃんの隣に座って、しっかり話を聞くのが大事。彼らがどこで生まれて、何が好きで、どんな仕事をしてきたかを覚えてもらいたい。それがない状態で一生懸命やっても空回りするだけですから。

あおいけあの組織構造は、「管理者、エルダー(教育係)、介護職員」と極めて単純なもの。役割は異なれど上下はなく、正職員もパートスタッフも、全員が同じように現場で働いています

役割の違いによって、大きく給料に差があるわけではありません。スタッフに対する個人評価も行っていません管理者から『誰々が頑張っている』という話を聞いて、基本給を少し上げる程度ですね。

勤続年数が長いスタッフが多い一方で、離職率は決して低くないそう。あおいけあに合う人は合うけれど、合わない人は合わない。なるようにしかならないと割り切っている姿が印象的でした。

専門性を広げていく努力

あおいけあの事例発表会。各事業所が工夫を凝らした演出を考えるそう

ベテランのスタッフが管理者を担うこともあれば、現在は、26歳の若手スタッフも管理者を務めています。管理者を指名するにあたって、本人の希望を重視すると加藤さんは話します。

入職時の面談で、5〜10年後に何をしたいのか聞いています。育児を優先したいスタッフもいれば、将来は地元に帰って介護事業所を開きたいというスタッフもいます。キャリアを積むためには、ある程度の経験が必要です。管理者にならないと見えない景色もあるでしょう。20代で管理職を担うのは荷が重いかもしれないけれど、失敗する権利はあると思うので。

現場で仕事を覚えるだけでなく、加藤さんは職員の専門性を広げる工夫にも尽力しています。その代表例として挙げられるのが、年に3回実施している事例発表会。事業所ごとに上手くいった取り組みを共有する場で、加藤さんは様々な専門家をゲストとして招きます。

人の生活を支える仕事である介護職が、自分の専門性の壁の内側に閉じこもるようなスタンスはあり得ません。栄養学のことも、口腔ケアも理解する必要があります。外部の研修に誰かが参加したとしても、その知識を現場に持ち帰っても定着するとは限りませんよね。みんなが参加する事例発表会で共通の学びを得ることで、いちいち説明しなくても『あそこで習ったことだよね』というコミュニケーションが可能になります

スタッフそれぞれが工夫しながら、役割を担っている事例発表会。参加希望者は誰でもウェルカム。最近は少なくとも社内外から140名が集い、近所の市民ホールは常に熱気に包まれるそうです。

介護の範疇でやれることを

事業所でのエピソードを語る加藤さん

以前、あおいけあの事業所内で利用者が駄菓子屋を営んでいました。

もともと東京で駄菓子屋を営んでいたおばあちゃんがいて、彼女が『また駄菓子屋をやりたい』と希望したんです。認知症ケアのシステムとして駄菓子屋を開いたのではなく、おばあちゃんの『やりたい』を実現した結果です。だから、おばあちゃんが亡くなった後は、駄菓子屋はやめました。

このような取り組みは、必ずしも加藤さんが率先して進めているわけではありません。スタッフには、「加藤に聞いて『やっていいよ』と言うと思ったら行動してください」と伝えているそうです。経営者として介護の理想を語ることはない、むしろ、スタッフそれぞれが理想の介護を考えてほしいというメッセージのようにも感じました。

加藤さんが常々口にする、“自分は介護屋に過ぎない”という言葉。

僕たちが普通だと思っていることを、ただ普通に、介護の範疇として取り組んできただけです。それができていれば、暇なときに昼寝をしても誰も咎めません。時間をかけて事業を続けてきたので、僕が何も言わなくても済んでいるような感じになっていると思います。これからも居心地の良い場所をみんなで作っていきたいですね。

(編集後記) 秋本可愛より
「特に何もしていない」「経営者として理想を語ることもない」と話す加藤さん。

国内外から注目される認知症ケアの裏側にあったのは、「よりよい人間関係の構築」という唯一の指針をスタッフが理解し、日頃のケアにつなげているというシンプルな図式でした。

とはいえ、「自ら考えて行動すること」は簡単ではないはず。実際、あおいけあのスタッフはどのように感じているのでしょうか。急遽お願いして、「おたがいさんサテライトいどばた」の管理者、小池みゆきさんにもお話を伺いましたので、次の記事でご紹介できればと思います。

「マニュアルも指示出しも皆無。あおいけあが定義するリーダーの役割(秋本可愛のねほりはほり探訪vol.1-2)」

この記事を書いた

堀聡太

株式会社TOITOITOの代表、編集&執筆の仕事がメインです。ボーヴォワール『老い』を読んで、高齢社会や介護が“自分ごと”になりました。全国各地の実践を、皆さんに広く深く届けていきたいです。