離職率20%超えの組織を変革する。南高愛隣会が目指した“60点”の組織づくりと今後のビジョン(秋本可愛のねほりはほり探訪vol.3)
2024/11/22
【目次】
1. 崩壊寸前の組織を立て直すため、理事長に就任
2. 「やる気がない」と批判も、組織改革を断行
3. 誰がやっても“60点”をとれる組織に
4. 福祉にとどまらない出会いと学びを大切にする
5. 「理事長の手紙」で職員に思いを伝える
今回お話を伺うのは、長崎県内で障害者の福祉支援を幅広く展開している社会福祉法人南高愛隣会。2006年に施行された障害者自立支援法は、同法人の実践をもとに制定されるなど、行政と連携した様々なモデル事業にも積極的に取り組んできました。
地域福祉のリーダー的存在だった南高愛隣会ですが、2015年に虐待事案が発生し、長崎県から改善命令および改善指導を受けてしまいます。理事長就任後に虐待事案が発生した田島さんは 、「新しい理事長はやる気がない」と批判されながらも、抜本的な組織改革を主導していきました。
どのように困難を乗り越え、ミッションを実現する組織づくりに挑んだのか。南高愛隣会の田島理事長に詳しく話をお聞きしました。
社会福祉法人南高愛隣会
理事長
田島 光浩(たしま みつひろ)
精神科医、「ひかり診療所」院長。1974年長崎県生まれ。幼少期から父である田島良昭前理事長とともに入所授産施設「雲仙愛隣牧場」に住み込み、利用者との関わりから精神医療への道を志す。2011年より諫早市にて、医療と福祉の連携により地域での精神障害者の生活を支えるACT(Assertive Community Treatment)に取り組む。2013年10月に、南高愛隣会の理事長に就任、現在に至る。
【事業者について】
社会福祉法人南高愛隣会
所在地:長崎県諫早市福田町357番地15
URL:https://www.airinkai.or.jp/
1977年に設立し、翌年に入所授産施設「雲仙愛隣牧場」を開設。長崎県内で障害者の福祉支援を幅広く展開、2006年に施行された障害者自立支援法は同法人の実践が取り入れられている。現在は社会福祉法人として唯一、更生保護施設の運営を手掛けるなど、障害のある人の犯罪防止のため、司法と福祉の連携による支援体制整備を模索している。
崩壊寸前の組織を立て直すため、理事長に就任
2015年に明るみになった南高愛隣会の虐待事案。長崎県の障害者福祉を牽引してきた同法人の“不祥事”は、職員や利用者、ご家族に留まらず、地域全体に大きな衝撃を与えました。障害者の“ふつうに暮らす”を叶えるため、30年以上にわたり奔走してきた前理事長・田島良昭さんにとっても悔恨の思いだったといいます。
庇うわけではないですが、当時は障害者福祉という言葉もなく、父である前理事長を中心に目の前の課題を必死で取り組む組織でした。「利用者のために」という思いが強くなり過ぎたために、組織に歪みが出てしまったのでしょう。
医師免許を取得した田島さんは、精神科医として神奈川県の病院で勤務。2011年に地元に戻り、精神科医として働く傍ら、南高愛隣会の事業も気にかけていたそうです。
関係者からは、いずれは私が理事長を引き継ぐことを期待されていましたが、虐待事案を受けて「私が理事長としてやらなければ」と覚悟が決まりました。とはいえ、山積みの課題には呆然としましたね。組織規模が300〜400名と成長したにもかかわらず、仕事のやり方は設立当初と何ら変わらない。職員は疲弊し、離職率も常に20%を超えていました。利用者はもちろん、職員を大切にする組織に変える必要がありました。
「やる気がない」と批判も、組織改革を断行
組織を変えるために、田島さんは「立ち止まる」ことを決意しました。事業計画で実施を決めていたことも、すべてストップ。職員の能力を超えて実施していた取り組みも廃止を決断しました。
そんな田島さんの姿勢を、「新しい理事長はやる気がない」と批判する声も少なくありませんでした。心が折れそうになることもあったといいます。
組織改革を続けることができたのは、職員の理解のおかげです。虐待事案で厳しい批判にさらされていたので、「組織が変わらなければならない」と誰もが感じていたと思います。
組織が変わるためには、経営陣の意識改革が欠かせません。「利用者のため」という大義名分を掲げ、職員の働きがいを疎かにしていた姿勢を改めていきました。とりわけ従来のやり方に慣れていたベテランの職員には、痛みを伴うものだったと田島さんは回想します。
虐待事案が発生しなかったとしても、「ひとりで何でもやる」という仕事のやり方は遅かれ早かれ通用しなくなっていたと思います。ひとりでできることには限界がある。だからこそ、組織全体のレベルアップが求められていました。
誰がやっても“60点”をとれる組織に
田島さんが最初に目指したのは、“60点”をとれる組織です。一般職員だけでなく、経営陣や役職者も含めて、一人ひとりがそれぞれの職責を果たすための基礎能力を担保する試みが進められました。
お恥ずかしい話ですが、「南高愛隣会の管理者にはこんなことを求めていますよ」といった業務執行規程が整備されていませんでした。仕事は先輩から学ぶべき、といった指示がまかり通っていたんです。結果、管理者の仕事が正しく引き継がれず、特定の個人に依存せざるを得ない組織になっていました。
ただ多岐にわたる事業を展開する南高愛隣会にとって、仕事内容や求める専門性が異なる管理者の役割を定義するのは大変です。旧知のコンサルティング会社に規程の骨格づくりを依頼したり、同じ悩みを抱える法人と連携したりするなど、外部の力を頼ることもあったそうです。
もちろん細かい部分のブラッシュアップは自分たちで進めなければなりません。ただ、“分からない”ことを何となく進めるのは効率的ではありませんよね。法人連携協定を結ばさせていただいている福祉楽団の飯田さんたちとも議論を重ね、人事や労務に関する知見もシェアし合いました*。まだまだ人材育成に向けて課題は多いですが、一定の「枠組み」はできたと感じています。
人事制度ができたことで、組織の課題も可視化されやすくなりました。課題が特定できれば、研修や人材配置などの打ち手もしやすくなる。組織の観点で人材育成に取り組めるようになったのは大きな成果だと田島さんは語ります。
* 南高愛隣会は2020年11月、社会福祉法人福祉楽団(千葉)、社会福祉法人ゆうゆう(北海道)、社会福祉法人愛川舜寿会(神奈川)、社会福祉法人ライフの学校(宮城)、社会福祉法人子供の家(東京)、社会福祉法人生活クラブ(千葉)と協定を締結。11月1日から7つの法人からなる経営連携の共同体として「社会福祉法人コレクティブ」が発足された。現在は社会福祉法人みねやま福祉会(京都)も加わり、8つの法人にて組織されている。
福祉にとどまらない出会いと学びを大切にする
人事制度も固まり、ここ数年でようやく“60点”をとれる組織になったと語る田島さん。未来に向けた施策を講じられるようになり、そのひとつである長崎刑務所でのモデル事業に着手しています。
犯罪を繰り返す人の中には、知的障害やその疑いのある受刑者も一定数存在します。彼らの立ち直りと社会復帰に向けた試みとして、受刑者50人を長崎刑務所に集め、職業訓練や療育手帳取得など社会復帰のサポートを南高愛隣会が行います。
受刑者の特性に応じた処遇計画を立て、対人関係の向上など出所後の生活や就労を見据えたスキル習得を目指します。福祉的な支援が必要な場合は、専門期間に引き継いで出所後もサポートするという仕組みです。南高愛隣会がモデル事業として進め、効果検証したうえで全国の他施設での展開にもつなげていきたいですね。
かねてから、狭義の福祉に留まらない活動をしている南高愛隣会。それゆえ求める人材は、必ずしも福祉を学んだ/経験した方に限りません。。
現在の社会課題は、福祉の中だけで物事を考えていても、解決できないことが多いですよね。福祉とは異なる角度から考えたり、行政や企業、教育機関との連携を図ったり。色々なことを学び、経験してこられた方に福祉の現場に入ってきてほしいという思いを持ち、間口を広くして人材採用に取り組んでいます。
南高愛隣会では、毎年約30名ほどの新規採用を行っているそう。採用前には事業所見学と職場体験を必ず行い、南高愛隣会が目指す理念や支援のやり方を伝えます。実際に働いてもらうことで、「利用者がこんなに生き生きしているなら、自分も働いてみたい」と前向きな気持ちになってもらうことが大事だといいます。
「理事長の手紙」で職員に思いを伝える
今後、南高愛隣会はどのような事業を展開していくのか。現場の報告をもとに、大枠となる基本方針は、理事長である田島さんを中心に策定しています。
一方で、700名を超える職員とA型社員を擁する南高愛隣会にとって、田島さんの思いを届けることは難しいもの。理念浸透の研修も行いつつ、田島さんが大事にしているのは毎月28日に発信する「理事長の手紙」だそうです。
理事長に就任してから、職員向けに毎月手紙を書き、当法人のグループウェアで発信しています。南高愛隣会が大事にしていることだけでなく、娘とのやりとりなど、仕事と関係ない話も書いたりしていますね。堅苦しい話ばかりだと読まれませんから。手紙で書いた内容は役職者にお願いして、朝礼などで引用してもらっています。現場と接点をつくりながら、理念を意識した支援に取り組んでもらえたら嬉しいですね。
田島さんが南高愛隣会の経営において意識しているのが、“分からない”というスタンス。そもそも田島さんの専門は精神医療で、福祉は門外漢。虐待事案によって南高愛隣会の危機に陥ったときも、現場には口を出さないスタンスを貫いたといいます。
医療はもともと、内科や外科など専門性が分かれています。そういった場所で仕事をしていたので、“分からない”ことを周囲にサポートしてもらうのは抵抗がないんです。南高愛隣会も福祉が専門です。福祉以外のことは、福祉以外の専門性を持つ人の方が詳しいわけで。そういった方々と連携しながら、今後も新しいチャレンジに取り組んでいきたいと思います。
(編集後記) 秋本可愛より
全国の気になる介護・福祉法人のキーパーソンに、株式会社Blanket代表の秋本が“よい組織づくり”のヒントを探る連載企画「秋本可愛のねほりはほり探訪」。今回は社会福祉法人南高愛隣会を訪ね、組織のあり方や今後のビジョンについてお聞きしました。
取材で大きく時間を割いたのが、虐待事案が発生した後の組織改革について。困難な時期を乗り越えるために時間とコストをかけて臨んだエピソードは、多くの方が身につまされる話だったのではないでしょうか。
個人的に印象的だったのが、まずは「誰がやっても“60点”をとれる組織」を目指したこと。つい90点、100点と理想を目指してしまいがちな私にとても響きました。組織づくりを10年かけて構築するという長期的な視点も大きな学びになりました。
田島理事長の話に影響を受けて、私も毎月28日に社員向けに手紙を書くようになりました。対外的な情報発信に比べ、自分の思いを社内向けに発信する機会が少ないと気付いたからです。10年後を見据えた組織づくり、私もコツコツとチャレンジしていきたいと思います。
堀聡太
株式会社TOITOITOの代表、編集&執筆の仕事がメインです。ボーヴォワール『老い』を読んで、高齢社会や介護が“自分ごと”になりました。全国各地の実践を、皆さんに広く深く届けていきたいです。
イベントのお知らせ
介護・福祉業界の“よいチーム”づくりのためのプラットフォーム「KAIGO HR FARM」の公開を記念し、「KAIGO HR FORUM 2024」を開催します!
本フォーラムでは、「よい組織づくり」をテーマにゲストによる講演を実施。
本記事でご紹介している社会福祉法人南高愛隣会の田島さんにご登壇いただきます。
南高愛隣会の”組織づくり”について、より詳しくお話をお伺いできる機会になりますので、ぜひご参加ください!
詳しくはイベントページをご覧ください。