「働き方改革」を採用・定着につなげるために大切な2つの視点【介護経営に役立つ「人事の目線」⑨】
2023/03/16
2018年6月に成立した働き方改革関連法。2019年4月からは大企業から段階的に適用がスタートしています。
時間外労働の上限規制の設置、有給休暇の取得義務づけ、同一労働における待遇差の是正など、企業・法人側に新たに対応が求められるものが多くあり、すでに働き方改革の取り組みに着手されている事業所も多いことと思います(図表1)。
制度変更や新たな取り組みの導入など、事業所にとっては負担や苦労も多い法改正対応。
ですが、このような動きが生まれ、加速する背景には、働き方、ワークライフバランスへの関心の高まりが社会全体で広がっているということがあります。
サービス形態によっては24時間365日、利用者の方々の生活のサポートをする必要があったり、制度上で必要な人員数が定められることもある福祉・介護事業所においては、他業種よりも働き方改革の推進に難しさを感じることもあるかもしれません。
しかし、これまでもお伝えした通り、未曾有の人材不足の時代を迎えつつある介護業界において、「働きやすい職場づくり」はすでに「やった方がよいこと」から、「やらなければ生き残れないこと」へと変わりつつあります。
すでに働き方改革の実践のための手法やツールは多くありますが、法改正への対応に留まらずに、職員が「長く働き続けたい」、求職者が「ここで働きたい」と思ってもらえるような、本質的な”働き方改革”について考えてみたいと思います。
手法検討の前に、課題分析を
結論から申し上げますが、本質な働き方改革を進めるにあたって何より重要なことは、組織の現状と課題の正確な把握です。
前号の「多様な人材の受け入れのポイント」でも述べましたが、自組織の現状・課題に即さない形での「改革」をいくら進めたとしても、効果を上げることは困難です。働き方改革を前に進めるためには、まず組織内の「働きにくさ」が何から生じているかを明確にしていく必要があります。
進め方はいくつかありますが、特に重要となってくるのは、①従業員調査、②退職者分析の2点です。
現在働いている職員や退職した(する)職員の生の声を拾い上げることで、課題を整理します。何らかのサーベイ(調査)ツールを用いたり、外部のヒアリング調査などを通じて、客観的に評価・分析を進めることも、組織内だけでは見えてこない課題を抽出できるきっかけになるかもしれません。
離職率が高いことに課題認識をもっていたある介護事業所では、当初は残業の削減や休暇取得率の改善等に着手しようとしていましたが、上記の形で課題分析を進めたところ、施設内のコミュニケーション不足や、組織の方針への納得感の低さが意欲低下につながっていたことが見えてきました。
そこで、労働時間や休日への対応とともに、コミュニケーションツールの新設やマネジャー・リーダー層の積極的な発信を増やしたところ、職員の満足度が大きく向上し、それと連動する形で離職率が低下していきました。
「働きにくさ」を産む要因は複数あり、事業所によって何が大きな要因になっているのかは異なります。この部分を数値やデータから定量的に、職員の声から定性的に把握・分析していくことが、働き方改革の第一歩と言えるのではないかと思います(図表2)。
“足し算” ではなく “引き算” の視点
もう一点、業務改善で重要なのは、新たなことを始めることを意識するよりも、「何を取り除くことが、従業員の負担を減らすか?」という視点の下での施策設定をすることではないかと思います。
いたずらなツール導入や業務変更は、かえって現場の混乱や負担の増加を産む場合もあります。たとえば、入居施設で多様な働き方の導入を進めて日中に働く非常勤職員の人数・稼働が増えた結果、正規職員の夜勤数が大幅に増え、結果として正規職員が疲弊、離職率が上昇したというケースもあります。
一方で、働き方改革を上手く進める事業所に共通している点として、前述の課題分析を通して「働きにくさ」を産む要因の分析を進めるとともに、改革の実行のためにそれまで事業所の中で「慣例」「常識」となっていることを思い切って廃止したり、削減したりしていることが挙げられます。
たとえばある施設では記録システムの IT化の際、プロジェクトを立ち上げ一つひとつの記録を精査、本当に必要なものを除き、削減や統合をしていく作業を根気強く行っていました。
「今までやってきたことを、簡単に削減してよいのか」という声も多く、導入までの過程は大変な部分はあったものの、記録システムの運用を通してこれまで記録に割いていた時間を大きく短縮することに成功しています。
ツールや制度の導入では、闇雲にそれらを上積みするのではなく、自組織にマッチした形で導入・推進すべきであり、さらに、それらの導入・推進に力を割くために、「聖域」をつくらず思い切って取り除く、削減する意識が重要ではないかと思います。
組織全体でその意識を持つためにも、従業員との丁寧なコミュニケーションも必要不可欠でしょう。
従業員にとって「働きやすい」と感じる、求職者が「ここで働きたい」と感じる職場をつくる働き方改革は、単に法令遵守をすれば、労働時間の適正化や有給取得の奨励をすれば、実現できるというものではありません。自組織の現状・課題を見つめ、本当に必要なアクションを実行する意思と、困難にぶつかってもやり抜く努力があって初めて、働き方改革は成し遂げられるのではないかと思います。
※本記事は、以下に雑誌に執筆・掲載した内容を加筆・修正し、公開しております。
社名:株式会社日本医療企画
雑誌名:地域介護経営 介護ビジョン
発行年/掲載号:2019年9月号掲載
前回の記事はこちら▼
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この記事を書いた人
野沢 悠介
株式会社Blanket 取締役
東京都出身。立教大学コミュニティ福祉学部卒。ワークショップデザイナー/キャリアコンサルタント。2006年株式会社ベネッセスタイルケアに新卒入社し、採用担当・新卒採用チームリーダー・人財開発部長などを担当。介護・福祉領域の人材採用・人材開発が専門。2017年に参加して株式会社Join for Kaigo(現 Blanket)取締役に就任。介護・福祉事業者の採用・人事支援や、採用力向上のためのプログラム開発などを中心に「いきいき働くことができる職場づくり」を進める。