協働で課題を乗り越える人的課題解決のための「人事シェア」【介護経営に役立つ「人事の目線」⑩】
2023/03/23
介護・福祉事業者の経営において、人材の確保と定着、そのための育成は、常に重要なテーマであると言えるでしょう。本連載でも、いくつかの切り口で採用や人材育成の視点や取り組みをお伝えしてきました。
一方で、中・小規模の事業者の場合、何か新しい施策を展開しようと思っても、マンパワーの不足やコスト負荷から、なかなか一歩を踏み出せない……。そんなお話もよく伺います。
そこで今回は、事業者間連携で人的課題解決の取り組みを進める「人事シェア」について考えたいと思います。
もともと事業者をまたいで基盤業務の一元化を進める動きは「シェアードサービス」という名称で、グループ企業間などで進められてきました。
それまで各社で行っていた人事・総務・経理業務などで、一元化できる部分を集約することで効率化・コストダウンを図る仕組みです。
経営母体が異なる事業者間では、人事労務・給与管理等の分野で「シェアード」を導入するのは難しい部分もありますが、採用・育成という点では、事業者の垣根を越えたシェア・連携はすでにスタートしています。
採用機能のシェア「フクスタ」
一つの事例を紹介します。
大阪府内で展開する4つの社会福祉法人が進める「フクスタ」は、新卒採用業務での連携です。法人単体では、多くの学生に自分たちの取り組みを知ってもらう活動にも限界があります。
そこで、4法人が合同で学生向けのイベントを企画し、イベントPRをそれぞれ分担して行うことで、より多くの学校や学生にリーチすることができ、介護・福祉に関心を持つ学生の集客から、採用選考への参加、内定にもつながっているようです。
「フクスタ」を手掛ける各法人の採用担当者の皆さんは、採用難の状況のなかで「自分の法人だけが勝てばよい」という風潮に違和感を持ち、同じ志を持つ法人で協力し連携することで、介護・福祉業界全体への関心をもつ学生を増やしたいと考えています。
参加した学生からも「一度で4つの法人の話が聞けるのがよかった」「それぞれの話を聞くなかで、介護の仕事への理解が深まった」との声が上がるなど高い満足度が得られています。
介護・福祉業界や各法人への理解度・志望度を高める結果となっており、この取り組みは一定の効果を上げているのではないかと思います。
ほかにも、入職時研修を合同で行うことで、必要な知識やスキルを習得する機会を提供するとともに、事業者を越えてお互いにサポートし合える「同期」をつくることを目的にした合同研修を行うような連携を行う法人も増えてきています。
言うまでもなく、各事業所での入職時のていねいな受け入れは定着に不可欠ですが、こうした複数の法人による育成部門のシェアリングも効果を発揮するのではないかと思います。
課題解決のためのナレッジシェア
介護・福祉領域の「採用」「育成」「定着」のスキルアップを図り、人的課題解決に貢献したい。
このような想いから、2017年から介護・福祉・医療領域の人事担当者向けのコミュニティ「KAIGO HR」を運営していますが、この場はまさに人的課題解決のためにそれぞれがもつスキルやナレッジ (知見)をシェアする場になっています。
「KAIGO HR」に集う方が所属する法人は、伝統ある社会福祉法人から立ち上げ数年のベンチャー企業まで、事業規模や歴史もさまざまですし、特別養護老人ホーム、病院、訪問介護事業所など、運営形態も異なります。
そのため、それぞれが抱えている課題も、事業運営を通して積み重ねてきたスキルやナレッジも異なります。
「KAIGO HR」では、ある法人の課題について別の参加者が一緒に考えるワークショップをよく行っていますが、異なる立場・視点からの意見が加わることによって、自組織では自明すぎて気がつかない課題の本質や、解決のための打ち手に気がつくことも多くあります。
また、相談者だけでなく、課題を一緒に考える他法人の事業者にとっても、他法人の課題を共に考えることで、ケーススタディとして課題解決力を磨き、自法人の活動にも活かせているようです。
採用や研修という具体的な業務のシェアに限らず、スキルやナレッジのシェアを進めることにも意義があるのではないかと思います。
連携を進めるためのポイント
このような事業者間での採用や育成のシェアを進めるためには、連携・協働をすることで達成をしたい目標を共有することが何より大切です。
フクスタでは、「介護・福祉に関心をもつ学生を増やしたい」という共通目標があるからこそ、採用のライバルでもある法人同士が手を取り合い、共通のメッセージが発信できていますし、「KAIGO HR」でも「介護・福祉業界全体の採用・育成力の向上」というテーマで集まり、仲間意識や信頼関係をもてているからこそ、本音での課題開示や深いフィードバックができるのではないかと思います。
目先の「成果」にこだわり過ぎず、共通の目標に向けてともに歩めるイメージをもつことができるのか、対話を深めていくことが重要であると言えるでしょう。
また、いきなり多くのことをシェア・連携しようとすると、混乱が生まれて上手く進まない可能性も高くなります。目標(ゴール)を明確にしたうえで、まずは簡単なことから一つずつ進めていくことも大切です。
一人ではなく、想いを共有できる仲間と協力・連携し、皆で解決をめざす。人的課題が山積している介護・福祉業界だからこそ、このような活動が広がっていくことが求められているのかもしれません。
※本記事は、以下に雑誌に執筆・掲載した内容を加筆・修正し、公開しております。
社名:株式会社日本医療企画
雑誌名:地域介護経営 介護ビジョン
発行年/掲載号:2019年9月号掲載
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