労働生産性を高めるカギは「ひと」にある。今こそ育て上手な介護リーダーが必要だ 【「KAIGO HR FORUM 2022」イベントレポート②】
2023/01/13
定着しない、職員のやる気を高められない、現場でリーダーが育たない──。そんな悩みを抱える事業所は少なくありません。
茨城キリスト教大学経営学部で講師を務め、長年介護業界に携わってきた菅野雅子さんは「労働生産性に課題がある企業ほど、人材マネジメントに力を入れるべき」と話します。
菅野さんは「育て上手な上司」の研究(北海道大学 松尾陸教授)に触発されて、介護の現場で「育て上手な介護リーダー」の研究をしてきたそうです。菅野さんは、労働生産性を高めるのは「ひと」だと断言します。リーダーに共通している特徴は何か。そもそもリーダーはどのように「リーダー」として成長し、何が成長の原動力になっているのか。
菅野さんの研究を学びに、今後のアクションにつなげていきましょう。
【ゲスト】
茨城キリスト教大学
経営学部 経営学科 講師
菅野 雅子(すがの まさこ)
民間コンサル会社にて調査研究やコンサルティングに25年従事した後、現職。専門は人的資源管理、組織行動論。博士(政策学)。
2002年から介護業界の案件を担当、現在は介護労働を研究領域として取り組んでいる。
なぜ人材マネジメントが重要なのか?
多くの人が「大事である」と頭では分かっている人材マネジメント。ですが「時間的にも金銭的にも余裕がない」「どのように強化すれば良いか分からない」といった理由から、手付かずになっている企業も多いと思います。
菅野さんは人材マネジメントを重要な理由として挙げるのは、人材マネジメントを重視している企業ほど業績が高いから。
菅野さんが引用したジェフリー・フェファー博士の研究結果では、企業利益を生み出す人材マネジメントの条件が7つ挙げられています。
①雇用の保障、②採用へのこだわり、③自己管理チームと権限移譲、④高い報酬、⑤幅広い社員教育、⑥格差の縮小、⑦業績情報の共有
「コストがかかり過ぎる」と感じる方もいるかもしれません。とはいえ、おざなりにしてしまうと、事故やクレームが多発したり、離職増によって採用の手間が発生したり、結果的に高コストにつながってしまうのです。
また菅野さんは、「労働生産性に課題がある企業ほど、人的資本に投資することでプラスの効果が大きくなる」と話します。社員が生き生きと働ける環境が、組織作りのベースになるといえます。
直属の上司は、経営戦略よりも影響がある?
次に菅野さんは、人材マネジメントにおいて、直属の上司が果たす重要な役割を示してくれました。米国ギャラップ社の研究結果によれば、従業員の定着性に関しては、「どんな経営方針を立てるか」「どんな経営戦略を策定するか」よりも、直属の上司の影響が大きいと話します。
介護現場をフィールドにした実証研究でも、上司の影響の大きさが明らかにされています。上司のサポートがあれば、部下の内発的な動機を高めたり、職務満足を向上させたり、ストレスを軽減させたりすると、複数の研究でも明らかになっているそう。
とはいえ、上司と部下の関係は難しいもの。全国調査(介護労働安定センター「介護労働実態調査」)によれば、人間関係の悩みに関して、上司は「部下の指導が難しい」、部下は「自分と合わない上司や同僚がいる」と答えています。お互いの立場で、それぞれが悩みを抱えているのです。
そんな難しい状況の中、育て上手な介護リーダーは、どのように現場やメンバーに働きかけているのでしょうか。
介護に、対話やコミュニケーションが欠かせない理由
介護業界における人材マネジメントを考える前に、「そもそも介護とは、どんな仕事なのか」を確認してみましょう。
菅野さんは「介護は、他の仕事に比べると不確実性が高い」と指摘します。ものづくりの仕事であれば、「AとBという部品をつなげれば、Cになる」といったことが予測しやすい。一方で介護の場合、「AとBのケアをすれば、Cになる」とは必ずしも言えません。
不確実性が高い仕事の場合、標準化や計画化には限界があります。もちろん標準化や計画化は不要ではありませんが、上手くいかなかったところは、その都度、調整しなければなりません。現場のメンバーが対話やコミュニケーションを繰り返しながら、最適なケアを目指していく。だからこそ、人材マネジメントにおけるコミュニケーション関連の施策が、従業員の定着率にもプラスになるのです。
「創発型」人材マネジメントのススメ
菅野さんは自身の研究に際し、事業所の「育て上手な介護リーダー」にインタビューを行いました。その結果、彼らが実践しているリーダーシップは、4つに類型化できると気付いたそうです。
1. 「適正化型」人材マネジメント
不適切なケアをしてしまう職員には、十分に個別配慮をしながら、ケアを適正化する
2. 「即時的問題解決型」人材マネジメント
人間関係の問題が起きたときには、放置せず、間に入って双方の言い分を聴いたり、仲裁したりして問題解決を行う
3. 「ゆらぎ創出型」人材マネジメント
既存の秩序や均衡をゆるがすような変化を与え、職場を活性化する
4. 「創発型」人材マネジメント
対話を通じてチャレンジを促進し、仕事の面白さを創出する
この中で、特に菅野さんが注目しているのは「創発型」人材マネジメントです。とりわけ不確実性が高い仕事に携わるメンバーにとって、「一生懸命やったのに、結果が出ない」ことは起こりがち。多忙が重なると、仕事の意義や目的も見失いやすくなります。
育て上手な介護リーダーは、何より目標を大事にするそうです。事業所の目標、部署目標、ケアプランの目標、個人目標──。何を目標にして、どうPDCAを回していくか。対話促進の肝となり、仕事の面白さ、やりがいにもつながるといいます。
人材マネジメントにおいて、大事なのは “みんなで” という意識。みんなでPDCAを回していきながら、「リスクがあるから無理」ではなく「できる方法を考えようよ」とコミュニケーションを図っていくそうです。
育て上手な介護リーダーには、「越境」の経験がある
では、育て上手な介護リーダーは、どのようにリーダーシップを身につけてきたのでしょうか?
菅野さんが引用したマイケル・ロンバルド氏とロバート・アイチンガー氏の研究結果によると、「人を育てる要素は、仕事上の直接経験が7割」だそうです。書籍や研修などによるインプットの効果は限定的で、仕事、とりわけ新しいことや難しいことを乗り越えた経験によってリーダー人材が育つと話してくれました。
様々な経験がある中で、菅野さんが注目しているのは「越境学習」と呼ばれるもの。「越境学習」は法政大学の石山恒貴教授らの研究により、新たな学習の概念として注目されています。部署や会社、あるいは業界を超えて、これまでと全く異なる経験を積むことが大事だといいます。
菅野さんの研究によれば、育て上手な介護リーダーは「越境」の経験を通じてリーダーとして成長してきたという共通点があるそうです。
例えば、別の職種への人事異動や、他組織への出向経験。対外的な活動としてリーダークラスの地域協議会への参加や、他法人の担当者との交流など……。
いわゆる「アウェイ」の環境に身を置くことで、自分のスキルを見つめ直したり、福祉の仕事を大きな視点で見ることができるようになったり。あるいは他法人の良いところをどんどん取り入れようというマインドセットも身につきます。また「アウェイからホームに戻ったときに違和感を抱き、自分の仕事や職場を変える原動力になった」と話した介護リーダーもいるそうです。
変革期にある介護業界。これまでの常識が、あっという間に非常識になることもあるでしょう。個人で変えられることには限界があり、「創発型」人材マネジメントを武器に、みんなで組織や事業をより良くしていく必要があります。
そういった局面で大切なのは、常に越境的な活動の場に身を置くこと。介護業界に新しい風を取り入れる良い動きを、日頃から意識してみてはいかがでしょうか?
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この記事を書いた人
堀聡太
株式会社TOITOITOの代表、編集&執筆の仕事がメインです。ボーヴォワール『老い』を読んで、高齢社会や介護が“自分ごと”になりました。全国各地の実践を、皆さんに広く深く届けていきたいです。