ブレない想いとやり抜く覚悟が「人が辞めない組織」をつくる。(KAIGO HR Seminarレポート )
2018/08/02
2018/8/1
前編に引き続き、5月11日に開催されたKAIGO HR Seminar『社会福祉法人・合掌苑に学ぶ、「人が育ち、定着する組織」をつくる発想法』の模様をレポートします。
介護職員の平均離職率が正規職員14.7%、非正規職員21.3%(公益財団法人 介護労働安定センター「平成28年度 介護労働実態調査」)のところ、合掌苑は、正規職員8.6%、非正規職員11.5%と、業界平均を大きく下回る形となっています。
前編では、職員定着のキーワードとなる「理念浸透」のための取組について紹介しましたが、「理念教育だけをやっても、離職率は下がらない」と森氏は考えます。
それでは合掌苑では、どのような取組を進めているのでしょうか?
□介護施設の大きな課題は、コミュニケーション量の不足。
“離職率を下げる最大の方法は、コミュニケーションです。そして、コミュニケーションは質よりも量、そう思います。”
時間をかけて採用した人材が定着し、活躍できるように。
合掌苑の人材育成では、特に早期離職を防ぐ取組に力を入れています。
入職一か月後には採用担当者との面談を実施し、入社前のギャップを解消し、3か月には理事長面談を実施。「しっかりと丁寧にコミュニケーションを重ねることが、組織への帰属意識を産む」と森氏は語ります。
“合掌苑を「辞めない組織にしよう」と考えた時に、最初に目指したのが「入職一年間は絶対にやめさせない組織をつくろう」ということでした。
もちろん深い部分まで突き詰めると違いますが、介護の仕事の基本的な部分は一定期間で習得できるので、「ある程度仕事を覚えたら一人立ちさせ、後は放置」という事業者が多い。最初の段階で手をかけなさすぎなのだと思っています。
現在、リーダー・施設長となっている人は、そういった放置された状況を生き残ってきた「強い人」ですから、新入社員にも自分たちと同じように放置されても「生き残る」ことをつい求めてしまうんですが、全員がそれほど「強い人」ではないんです。なのでバタバタと“戦死”してしまう。導入時にしっかりサポートする体制をつくることが大切だと思います。”
介護施設では一年以内の離職者が多く、更にその多くが半年以内の離職であり、「入職直後の離職」という課題を抱える事業所も多く存在しています。結果的にこの早期離職が現場を疲弊させ、仮題の根源になっていると森氏は分析し、合掌苑では特に早期離職に力を入れて取り組みをしています。
結果として、合掌苑の入職一年未満の離職者は例年0~1名といった水準で推移しているそうです。
“職員との面談を何度も繰り返し行い、お互い顔を見て話していく中で、職員の不安や悩みに寄り添うことを大切にしています。
合掌苑での面談の際のポイントは、「オンゴーイング(継続的に)」「インタラクティブ(双方向で)」「オーダーメード(その人に合わせて、その人の言葉で。)」
上司が一方的に話すのではなく、積極的にコミュニケーションをとりながら、職員の想いを聞き、それに応えていく。この過程を一度でなく何度も繰り返すことが、職員にとっても「自分を見てくれている」という安心感を与えます。”
この他にも合掌苑では、誕生日に職員にプレゼントを行う、サンクスカードで職員間で感謝を伝えあい、その「ありがとう」の数で、賞与の査定(正社員)を行ったり、クオカードを送ったり(非常勤)といった様々なコミュニケーション施策を行っています。
“ネガティブな意見をもらうと、ショックも受けるが、経営者はそこから逃げてはいけないんです。”
忙しさや、耳の痛い意見をあまり聴きたくないという理由から、職場内での日々のコミュニケーションが怠りがちになることもありますが、そこから逃げずに、ネガティブな意見にも丁寧に向き合うことが、職場内での信頼関係を生み、よい職場を作っていくことになるのだと思います。
■“働きがい”を阻害するのは、“働きにくさ”。
合掌苑では、コミュニケーションを活発にする取組以外でも、「働きやすい職場」をつくるため、様々な取組を実践されています。
【子育て支援】
・マザーズプロジェクト
保育園への申し込みができるよう、10月頃に4月採用の内定を出す。
・勤務時間の調整
勤務時間を朝か夕に寄せて、家事育児をしやすくする。
・託児室の設置
子育て中の職員が40名程利用。
・子ども手当
一人につき1.5万 母子父子家庭3万 18歳まで上限なし。
【勤務時間/働き方】
・時短勤務の積極活用
正職員は36.25時間まで勤務時間を短縮可能で、帰れるときは早く帰る。
・夜勤の専従化・日勤夜勤の完全分離
完全分離をすることで、曜日固定のローテーションが実現。
職員の長期休暇がとりやすい環境をつくる。
・インカム導入
PHSではできない、全体への声掛けで、チームで動く体制を作る。
・介護ロボットの導入
職員の腰痛防止
「“他もやっているからうちもやる”では、決して仕組みは根付かない」と森氏は考え、「合掌苑で働く職員にとって、“何が働きにくさを生んでいるのか?” “働きやすさを生むために何が必要か?”」ということを徹底して検証します。
“「働きがい」を阻害するのは、「働きにくさ」です。
「働きにくさ」を感じると、人は「疲れ」を感じるようになります。
精神的な疲れは、人間関係を悪化し、コミュニケーションの不足を生みます。
そして、肉体的な疲れを持つと、笑顔が出なくなり、笑顔が出ない自分が許されなくなって、離職してしまう人も出てきます。「働きにくさ」をなくし、職員にとって働きやすい職場を目指しています。”
職員が望む「働きがい」を持てる仕事をできるよう、「働きにくさ」を生む要因にしっかりとパワー・コストをかけて対処する。合掌苑の取組からは、その姿勢が見て取れました。理念浸透、コミュニケーションの促進以上に、制度やシステムの導入ということには、大きな労力が必要です。試行錯誤も繰り返しながら、職場の改革に取り組む姿勢に、森氏の強い意思が見えたように思いました。
■よい“花”を咲かすためには、よい“土”をじっくりつくる。
よりよい組織、よりよいサービスをつくるために。
セミナーの最後に森氏は、木の成長に例え、こんなお話をしてくださいました。
“組織を木に例えると、仕組みの部分は「幹」にあたります。それを支えているのは、「根っこ」であり、それが「人」と「環境」です。何か仕組みを始めても、成果が出ないとすぐ辞めてしまう事業所も多くあります。
「幹」だけで何とかしようとするから花が咲かない(成果が出ない)んです。
「根っこ」を深くする、人間教育や環境整備が何より大切だと、私は考えます。”
職員定着・離職防止を考えるにあたって、「どのような取組をすれば実現できるのか?」という手法に着目をしてしまうことも少なくありません。ですが、森氏のお話を伺う中で見えてくるのは、目先の変化ではなく本質をしっかりと見据え、「職員が働きやすい環境をつくろう」というブレない想いと、その想いの実現のために課題の解決を諦めずにやり抜く覚悟でした。
「働きやすい職場をつくる」、すなわち「人が辞めない職場」をつくるには、自事業所の「働きにくさ」の原因を的確に把握し、そこを解決するための努力を惜しまずやり抜く覚悟を持つことが重要であると感じました。
講師
森 一成氏
社会福祉法人合掌苑 理事長
1961年、神奈川県生まれ。
IT企業のプログラマーを経て、社会福祉法人合掌苑理事長に就任。
平成5年、特別養護老人ホーム合掌苑桂寮を開設、その後も高齢者施設や在宅サービス事業の展開を図ると同時に地域の社会貢献活動にも力を入れている。また、全国各地の団体や大学から「介護業界の次世代人材の活性化について」、「人材定着を図るための実践」等をテーマとした講演依頼が多数あり、積極的に活動を続けている。
【この記事を書いた人】
野沢 悠介 株式会社Join for Kaigo(現:Blanket)取締役
立教大学コミュニティ福祉学部卒業。
大手介護事業会社にて新卒採用担当・産学共同プログラム担当・採用部門責任者等を担当し、年間400~500名規模の介護職新卒採用スキームを構築。
2017年 株式会社Join for Kaigo(現:Blanket)取締役就任し、介護領域全体の人材確保・定着力の向上を目指す。主な研修実践領域は、コミュニケーション・キャリアデザイン・リーダーシップ・チームビルディング・目標設定等。