「職員が辞めない組織」社会福祉法人合掌苑 森理事長がこだわる‟理念浸透”とは? (KAIGO HR Seminar レポート)
2018/07/04
2018/5/11
介護・福祉業界に限らず、人材不足が深刻化する今日。
よりよいサービスを安定的に提供するためには、「採用」と同時に「育成」・「定着」が重要なポイントになります。
その一方で、なかなか育成や定着支援に力を割けず、「どうすれば良い人材が定着してくれるのか?」と悩んでいる事業所も多いのではないでしょうか。
今回のKAIGO HRセミナー『社会福祉法人・合掌苑に学ぶ、「人が育ち、定着する組織」をつくる発想法』では、職員の定着や多様な人材活躍のための取組を実践し、注目される東京・町田の社会福祉法人 合掌苑の森 一成 理事長を講師にお招きし、「職員が辞めずに、活き活きと働ける事業所づくり」を共に学んでいきました。
本レポートでは、二回にわたって、当日のお話の要点を解説しながら、介護・福祉事業所での組織づくりのヒントを紐解きます。前編では、採用前からスタートする合掌苑の「理念浸透」について考えていきます。
ご覧いただいた皆さまの組織づくりの参考になれば幸いです。
■「人が辞めない職場づくり」を考える。
合掌苑は『関わるすべての人を幸せにする。』という理念のもとで、東京都町田市を中心に、計35の事業を運営、約600名の職員が勤務しています。(2018年5月現在)
合掌苑では、職員が働きやすい環境をつくることに力を入れ、その取組は度々メディアにも取り上げられ、注目されています。
合掌苑がそのような取組を積極的に行う背景には、他の事業所と同じく「辞めない組織を作りたい」という思いがあります。
“採用しても、すぐに辞めてしまう組織では意味がないと思ったんです。
だから、「辞めない組織をつくりあげよう」と約15年前に方針を転換しました。”
現在と比較して、まだ採用がしやすかった頃から、合掌苑では「人口構造の変化から、必ず採用が難しくなる時代がやってくる。その時のために今のうちから準備をしておこう」と考え、採用活動に力を入れてきました。
しかし、その一方で多くの事業所が悩むように、職員の離職が一定の割合で発生していました。
そこで、森氏は発想を転換。職員の定着(離職防止)により力を入れ、様々な取組を実践していきます。
その根底にある考えが、職員の「エンゲージメント」の向上です。
■離職防止は、採用段階から始まっている。
‟どうやったら、辞めない組織をつくれるのか…。
一生懸命考えて、「ここが一番大切だ」と辿り着いたのが『採用』でした。”
介護職や看護職といった専門職は、「この法人・企業に就職した」というよりも、「(介護・看護といった)この“職”についた」という意識が強く、職場への帰属意識が低い場合が多い。そのため、何か不満・不安があった場合は、比較的簡単に別の組織へと移ってしまう人が傾向として多い、と森氏は説きます。
そのため、合掌苑では「『働くならば、他ではなく合掌苑がよい』と思う人を採用する」ということを最も重要視して、採用活動を実践しています。
‟合掌苑の採用基準は、「理念に共感してくれる人材」。これが全てです。
でも、その人が本当に合掌苑の理念に共感できるかどうかは、その人にしか分からない。
だから、「私たちが選ぶ」のではなく、その人自身に自分の価値観に合うか選んでもらう。
そのために、とにかく採用に時間をかけます。”
‟採用は「選ぶ」こと以上に、コンセンサス(合意形成)が大切です。
コンセンサスが出来ていないと、組織への信頼なんて生まれてこないんです。”
合掌苑の採用活動では、応募者との接触時間が非常に多く、採用まで時間をかけることが特徴です。
少し話しただけでは分からない、応募者と合掌苑の価値観のマッチングを丁寧に行うために、複数回の面接、数日間の実習(新卒の場合)を行い、労働条件や仕事内容・職場の雰囲気を丁寧に伝えていきます。応募者にとっては採用まで長い期間・回数を設けるスタイルはハードルが高く、応募者数が減少する要因とはなりますが、「時間をかけてでも、合掌苑とのマッチングを図りたい」という考え・価値観を持ち、合掌苑の採用基準と合致する人材とのみ出会える手法となっています。
人材不足の状況で、「とにかく誰でもよいから採用したい」と採用基準が不明瞭なままに、採用を進めてしまい、入職後にアンマッチによる早期離職が発生。その結果として、常に採用活動に追われてしまう。介護業界の中では、そういった話も多く耳にします。
その状況を防ぐために、合掌苑では、採用基準を明確に定め、その基準に合致する手法にこだわり採用活動を実践する。
入口となる採用段階から、自法人に合致する人材を厳選して採用することで、結果として離職防止につながり、職員の定着・育成により力を入れることが出来ているように思えました。
■理念は「マニュアル」ではなく、「考える基準」。
採用段階でのマッチング・理念浸透と並行し、合掌苑では入社後の理念教育も徹底して行っていることも特徴です。
一年に一回(職員の誕生月に受講)、全職員が理念・サービスマナーについての研修を受講し、森氏が直接、合掌苑の理念を職員に伝えます。
集合研修と合わせて、日々の仕事の中でも、理念を考え、感じることのできる仕掛けが盛り込まれています。毎日、職員ミーティングで「コミットメントの時間」という理念について考える時間をとっています。このような理念共有を行っている組織は少なくありませんが、合掌苑では、この時間を単に読み合わせを行うなど、「理念を確認する時間」として設定しているのではなく、「問いかけ、共に考える時間」として設けています。
“理念というのは「マニュアル」ではないんです。「考える基準」なんです。
ただ覚えてもらっても意味がなく、考えてもらう必要がある。
理念についての「質問」をすることが、職員が理念について考えるきっかけとなります。”
また、「コミットメントの時間」では、週2回「スタッフストーリー」というお客様からの感謝の言葉・手紙を紹介する時間をとります。合掌苑の仲間が感謝の想いを受け取っていることを共有することで、職員の中にも組織の中で働く価値を高めていきます。
事故やクレームといったマイナスの情報の共有のみしかしていない事業所も多いと思います。もちろんお客様に不利益を与えないため、サービスの向上のために、それらの共有は必要ですが、それだけではいけない、と森氏は考えます。
‟事故やクレームの話だけを聞いていると、職員は「事故を起こさないように」「クレームにならないように」という風に考えるようになる。そうなると「余計なことはしない」という思考回路になっていく。
でもお客様が喜んだり・感動したりすることは、大体「余計なこと」から生まれるんです。「こんなことをやってみよう」と考えるモチベーションがないと、よいサービスは生まれないと思っています。”
‟介護の仕事をしている人の多くの一番のモチベーションは、やはり「ありがとう」と感謝されること。だからこそ、それをしっかりと職員に伝えることも私の仕事だと思っています。”
「人が辞めずに定着する組織」になるためには、「ここで働き続けたい」と思ってもらうこと。当たり前ではあるものの、そのために職員の想いにしっかりと寄り添い、自法人の想いや姿勢を丁寧に伝えていく努力を、一つひとつの事業所でどこまでやり切れているだろうか?
森氏のお話を伺いながら、そんな想いを抱きました。
一つひとつが直接的に離職防止・職場定着に直結せずとも、何度も繰り返し時間をかけながら、職員一人ひとりと向き合い、「合掌苑らしさ」を伝えていく森氏・合掌苑の熱意が、「働き続けたい組織」を生み出しているのではないでしょうか。
後編では、離職防止のための様々な取組や、その土台にある森氏の想いについて、紹介をしていきたいと思います。
(後編へ続く)
講師:森 一成氏
社会福祉法人合掌苑 理事長
1961年、神奈川県生まれ。
IT企業のプログラマーを経て、社会福祉法人合掌苑理事長に就任。
平成5年、特別養護老人ホーム合掌苑桂寮を開設、その後も高齢者施設や在宅サービス事業の展開を図ると同時に地域の社会貢献活動にも力を入れている。また、全国各地の団体や大学から「介護業界の次世代人材の活性化について」、「人材定着を図るための実践」等をテーマとした講演依頼が多数あり、積極的に活動を続けている。
【この記事を書いた人】
野沢 悠介 株式会社Join for Kaigo(現:Blanket)取締役
立教大学コミュニティ福祉学部卒業。
大手介護事業会社にて新卒採用担当・産学共同プログラム担当・採用部門責任者等を担当し、年間400~500名規模の介護職新卒採用スキームを構築。
2017年 株式会社Join for Kaigo(現:Blanket)取締役就任し、介護領域全体の人材確保・定着力の向上を目指す。主な研修実践領域は、コミュニケーション・キャリアデザイン・リーダーシップ・チームビルディング・目標設定等。