若者が惹かれる介護・福祉の“意外な魅力”とは?『ゆるい職場』著者・古屋星斗さんが語る若手の採用のヒント

2025/05/09

若手人材の獲得競争は、介護・福祉業界でも年々激化の一途を辿っています。求人を出してもなかなか応募が集まらず、“新卒はとれない”という溜息混じりの声が、いまや全国各地の現場から聞こえてきます。

一方で、65歳以上が人口に占める割合は29.3%(※)と2024年に過去最高を記録し、介護・福祉の需要はなお高まり続けています。若い世代に「選ばれる」職場をどう作るか──。それは、持続可能な事業運営だけでなく、介護・福祉業界が避けては通れない大きなテーマです。

今回は、若者たちのリアルな本音を紐解きます。『ゆるい職場ー若者の不安の知られざる理由』(中央公論新社刊)の著者であり、リクルートワークス研究所主任研究員の古屋星斗さんに、「介護・福祉業界が若者に選ばれるために知っておくべき視点」を伺いました。

統計からみた我が国の高齢者|総務省

株式会社インディードリクルートパートナーズ
リクルートワークス研究所 
古屋 星斗

1986年岐阜県生まれ。リクルートワークス研究所主任研究員、一般社団法人スクール・トゥ・ワーク代表理事。2011年一橋大学大学院社会学研究科総合社会科学専攻修了。同年、経済産業省に入省。産業人材政策、投資ファンド創設、福島の復興・避難者の生活支援、「未来投資戦略」策定に携わる。2017年に現職。労働市場分析、未来予測、若手育成、キャリア形成研究を専門とする。著書に「ゆるい職場-若者の不安の知られざる理由」(中央公論新社2022)、「『働き手不足1100万人』の衝撃」(プレジデント社2024)、「会社はあなたを育ててくれない」(大和書房2024)など。

若手の価値観は“Z世代”で括れない。2極化するキャリア観とは

──介護・福祉業界の採用課題のなかでも、特に「若手人材の採用」に苦戦している法人は少なくありません。そもそも若者世代は、就業に対してどのような価値観を持っているのでしょうか?

古屋さん:私は主に若年層について研究しており、そのなかで見えてきたのが「若手の考え方の多様化」です。若者世代を指す言葉として「Z世代」が使われますが、人材育成におけるZ世代像は幻想に過ぎません。

私が実施してきた様々な若手の就業に関する調査によると、地元で働きたい人と都会で働きたい人、ハードに働きたい人と安定を重視する人の割合は、どちらもほぼ50対50で存在します。

つまり、「Z世代」の中には2極化した価値観が共存しているのです。ですが、真っ二つに分れているわけではなく、「地元でも都会並みにバリバリ働きたい」「都会で自分らしく働きたい」などさらに枝分かれするため、より多様な価値観が生まれています。

Z世代に限らず一般的に働く世代が抱える不安要素にも、様々なものがあります。大きく「健康不安」と「経済不安」の2つがあり、これは年齢によって比重は異なります。年齢を重ねると「健康不安」が高くなりますが、若手世代は「経済不安」が高い傾向にある。

具体的には、「今の仕事で十分な収入が得られるか」「この仕事で成長できるか」「自分らしいキャリアを築けるのか」といった収入や成長への不安を抱えていることがわかりました。

古谷さんインタビュー1

——なぜ、そうした不安が生まれるのでしょうか?

古屋さん:要因はいくつかありますが、周囲との比較が容易になったことが第一に挙げられます。SNSには起業や転職、キャリアアップといった華やかなエピソードが並び、「自分は今のままでいいのか」と省みる機会が増えました。また、キャリア選択の回数が増えたことも大きな要因といえます。終身雇用制が崩壊し、働き方が多様化した現代ではキャリア選択のタイミングが何度も訪れるようになりました。

加えて、この10年で職場環境そのものが大きく変化したことも影響しています。2010年代以降、「若者雇用促進法」「働き方改革関連法」など法改正が相次ぎ、私はこうした法改正の動きを「職場運営法改革」と呼んでいます。

「職場運営法改革」が始まったことで、残業時間の抑制や有給休暇取得率が向上し、日本人全体の労働時間は10年で約7%も減少しました。こうした社会環境の変化が若者のキャリア観に反映されているのです。

介護・福祉業界のPRポイントは?介護業界ならではの魅力とは

──法改正による職場の変化、そして若者の価値観も多様化している今、介護・福祉業界にはどのような魅力があると思われますか?

古屋さん:私は大きく2つの魅力があると思います。1つ目は、仕事の手触り感です。仕事に対する志向性には「大きな仕事を成し遂げたい」と「手触り感がほしい」という2通りがあり、「手触り感のある仕事がしたい」「直接『ありがとう』の言葉を聞きたい」という若者も多く、その点は介護・福祉の仕事の魅力のひとつといえます。

そして実は2つ目に、勤務形態があると私は考えます。

——勤務形態、ですか。

古屋さん:はい。夜間勤務やシフト制は一般的には敬遠されがちですが、実はこうした勤務形態を望む若者も、もちろん多数派ではないですが一定数いるんです。

例えば、夜勤1回で翌日とその次の日が休みになる「一勤二休」のパターンは、連休が取りやすい働き方ですよね。プライベートの時間をしっかり確保したい人や、平日5日の連続勤務を負担に感じる人にとってはむしろ魅力的に映ります。

介護・福祉業界は柔軟で多様な働き方ができる仕事であり、それが若者に選ばれる理由になりえると私は思います。

古屋さんインタビュー2

——一見すると“きつい仕事”とネガティブに捉えられがちですが、仕事内容や働き方がPRポイントになるんですね!

古屋さん:はい。法改正で誰にとっても働きやすい環境が整いつつあり、若者の価値観の多様化とともに、社会における「働き方」への考え方は変化しています。しかし、だからといって介護・福祉の仕事が持つ魅力が失われたわけではありません。手触り感のある素晴らしい仕事であることに変わりはありませんし、“人と人が直接つながれる”ことは若者にとっても「働きたい」と思えるポイントになる可能性を秘めていると思います。

若手のキャリア不安には「短期で実感できる成長」を

──若手人材は、キャリア不安を抱えやすいと伺いました。そういった課題に対し、介護・福祉業界の採用担当者は具体的にどういったアピールをすると良いでしょうか?

古屋さん:一案として、段階的なキャリアアップを示すことが効果的だと思います。若手社会人は、人生の選択の回数が増え、変化が激しい時代を生きています。そのため、5年後、10年後という遠い将来よりも、1年後、3年後といった短いスパンで見通せるキャリアパスを刻むことが有効的です。

たとえば一般的なキャリアパスであれば、一般職員から少人数のチームを率いるリーダーへのステップアップ、さらに任せられる仕事の規模や範囲が広がることで、若手のキャリア不安に対して着実に成長実感を得られる機会を提供しています。

──「10年後の自分」より「1年後の自分」のほうがイメージがつきやすいですよね。短期的な成長が見える設計は、若手にとって安心感に繋がるような気がします。

古屋さん:介護・福祉業界であれば、チームメンバーからチームリーダー、主任、介護長、施設管理者といったステップアップが想定されますが、「10年勤務しなければ昇進できない」といった現状の仕組みは、若手にとって不安要素やコントロールできないと感じることが多いのです。

そこで、長期的には施設管理者といったゴールを見据えつつ、国家資格である介護福祉士の取得やレクリエーション介護士や認知症ケアに関する民間資格を年にひとつ取得するような制度があると、若手が成長実感を得やすいのではないでしょうか。

こうした資格は、「何者かになりたい」と考える若手世代にとって、自分の武器を増やしていく手応えとなり、自信につながっていきます。

原体験で「未来の採用」を育てる、種まき型の体験施策

古屋さんインタビュー3

──他には、どのような施策が考えられるでしょうか。

古屋さん:就職活動において、介護福祉業界は他業界との比較になると、給与や待遇面で不利に見られがちです。そこで、今すぐの打開策にはなり得ないかもしれませんが、「種まき」をする取り組みはひとつの打ち手になると思います。

たとえば、ある県の建設業界団体は地元の小中学校と連携し、重機の操作体験会を実施しています。採用を目的としたものではなく、6年後、9年後に「重機を操作した体験」として建設業を想起してもらうための仕掛けです。

──原体験を芽吹かせる取り組みですね。実は当社でも、謎解きをしながら介護の仕事を体験できる「ナゾときカイゴ探偵団」というイベントをいくつかの県と実施しています。小中学生がゲーム感覚で介護の仕事に触れ、楽しみながら接点を持つ取り組みです。

古屋さん:まさに、原体験となる取り組みだと思います。将来、キャリアを築くタイミングで「そういえば、介護の仕事あったな」と想起するきっかけになるはずです。こうした取り組みはすぐに芽が出るわけではありませんが、長期的な目線で考えると採用力の向上になると思います。

また、近年では「アプレンティスシップ」を導入する事業所も増えています。「アプレンティスシップ」は直訳すると「徒弟制度」といい、高校生や専門学生などが実際に現場で働きながら収入を得て、技術や知識を身につける人材育成制度です。

簡単にいうと徹底した現場型のインターンシップなのですが、学びと収入を得られる機会を同時に提供することで、介護・福祉業界で働くことの面白さや仕事のプロセスを体感してもらうことができます。

──なるほど。介助やケアといった専門技術の必要な業務以外に、食事の配膳や雑務といった誰でもできる仕事を介護職が担っている場合も多いため、専門職にとっても手助けになりそうです。

古屋さん:そうなんです。リクルートワークス研究所が調査したところ、介護・福祉職では業務全体の約2〜3割が事務仕事や他者に切り出しが可能な業務であることがわかっています。実際、アプレンティスシップ制度を導入した現場で、高校生が介護の仕事に触れて、「介護福祉士になりたい」と大学進学を目指している事例を聞いたことがあります。

若者にとっては仕事の流れが見えることでより具体的なキャリアが描けますし、直接介護・福祉の就業における様々な報酬ややりがいを感じる経験にもなる。加えて、専門職にとってはより専門領域に特化できるという利点もあります。

日本の介護・福祉業界は、誰も解決したことがない難題の先駆者になる

── 若手の採用がますます難しくなる中で、介護・福祉業界の人手不足が社会全体に与える影響も大きくなってきていると感じます。古屋さんはこの現状をどう考えていますか?

古屋さん:これからの日本社会では、介護・福祉業界への需要はますます高まることが予想され、働き手が不足すると社会的に影響を与える業界のひとつでもあります。

厚生労働省の雇用動向調査(※)によると、2023年に介護等を理由とした離職者は約7.3万人に上り、今後こうした介護離職が増えていく可能性が指摘されています。介護サービスを担う人材が不足すれば、家族が介護を担う必要が生じ、介護離職が増える可能性がある。その結果、社会全体での労働力不足がさらに深刻化しかねません。

施設や業界内での改善はもちろんではありますが、それでは限界があります。社会全体の議論を活発化させることも重要で、だからこそ私が業界のみなさんにお伝えしたいのが、無理なことを無理だと発言する重要性です。現状に限界が来ていることを最初に伝えられるのは、私たちのような第三者ではなく、現場にいるみなさんなのです。

令和5年雇用動向調査結果の概況|厚生労働省

古谷さんインタビュー4

──利他精神の強い方も多く、そうした発言を控えてしまう場合も多いと思います。

古屋さん:そうですよね。これまで日本の現場は我慢と忍耐で成り立ってきた側面があり、それが日本の強みでもありました。しかし、少子高齢化が加速度的に進む現代において、エッセンシャルワークの働き手不足は現場だけではなく、社会全体の課題です。

私は、介護・福祉業界は今、ピンチとチャンスが両方ある状態だと考えています。深刻な働き手不足でありながら需要増加という前代未聞の難局で奮闘し、活躍するみなさんに強いリスペクトを持っています。

さらに、日本の介護・福祉はいずれグローバルスタンダードになる可能性が極めて高い。なぜなら、他の先進国も少子高齢化が進んでいるからです。日本に最も近いのが韓国で、次いでヨーロッパの国々、そして中国と続きます。こうしたグローバルなフロンティアに、みなさんは立っている。つまり、誰も解決したことがない難題に挑む先駆者であり、その取り組みは世界のモデルケースになり得ると。

──世界が少子高齢化に直面するなかで、介護・福祉業界の挑戦は、国境を越えて未来を支える力になるのかもしれません。

古屋さん:この限界突破した状況にどう手を打っていくかは、現場だけではなく社会全体の課題です。ですから私は、介護・福祉現場の工夫やトライ&エラー、そして「もう無理だ」という声にとても注目しています。それは私だけでなく、世界の様々な人が注目しているのだということも改めてお伝えしたいと思います。

(文/田邉なつほ、編集/Ayaka Toba)