【介護・福祉のよい組織づくりを考えるVol.1】離職率の低減、早期離職防止に向けてできること

2024/09/20

Blanketには日頃から「離職を抑えたい」「職員の定着率をあげたい」という介護・福祉事業所からの相談が多く寄せられます。職員の離職を抑え、定着率を高めるために介護・福祉事業所できることには、どのようなものがあるのでしょうか。

今回は、介護・福祉事業者が抱える人事課題を解決するBlanketの人事コンサルタント2名に離職率の低減や早期離職の防止について語ってもらいました。数々の人事課題を支援してきた2名だからこその視点で、真の解決を考察していきます。

野沢 悠介
株式会社Blanket取締役、人事コンサルタント、国家資格キャリアコンサルタント、Career Development Adviser

介護事業会社で、採用担当・新卒採用チームリーダー・人財開発部長などを担当後、2017年より現職。介護・福祉領域の人材採用・人材開発を専門とし、介護・福祉事業者の採用・人事支援や、採用力向上のためのプログラム開発、研修講師などを中心に「いきいき働くことができる職場づくり」を進める。

成廣 香里
人事コンサルタント、国家資格キャリアコンサルタント、産業カウンセラー

学習院大学卒。東京出身。人事経験20年以上、上場企業から中小企業、外資系、オーナー企業等様々な企業での人事経験あり。採用・研修・人事制度設計から労務まで一連の人事実務全般の経験後、管理職として10年以上、外資系企業の日本法人では人事責任者として、また人事ビジネスパートナーとして経営層に対するアドバイザーの役割も長年担う。課題解決が強み。母親の介護に直面し、介護現場の人材不足、育成に課題を感じていた際にBlanketに出会い、自身の人事経験を活かした介護事業者の課題解決を実現すべく2023年7月に入社。

離職率の低減は目的ではない。鍵は「組織の方向性」と「誰に報いるのか」

―早速ですが、職員の離職防止でやるべきことについて教えてください。

いきなり質問を覆す形になりますが、「職員の離職防止・離職率の低減」を目的にすること自体が少し違う気がしています。よい組織づくりに向けて取り組んだ結果、離職率が下がると言ったほうが良いかな。

人が辞めない組織を作った結果、離職率が下がりますからね。これは介護・福祉業界に限らず組織全般に言えることだと思います。

―離職率は結果として下がるもの……詳しく教えてください!

人が辞めない組織とは、解像度を上げると、働く人が「もう仕事を続けられない」と思ってしまう要素が除外されている状態。さらに厳密に言えば、働き続けてほしい人が「ここで働きたい」と思い、意欲的に働ける環境を有する組織のことです。この状態になるために、やるべきことを考えるという流れになります。

組織にとって“働き続けてほしい人”を考えることが大切ですよね。

離職防止においても採用と同様にターゲット設定が必要ですが、組織ごとにそこまで大きく変わりません。

協調性があって前向きに働き、理念の実現に向けて周りを巻き込んで取り組む人でしょうか。

その通りです。最近話題になっている「静かな退職」(仕事に対して熱意ややりがいをもたず、必要最低限の仕事のみをこなす人)という言葉もありますが、そのような状況になってしまっている人も含め「誰でも彼でも定着してほしい」ということではなく、組織の目指すことや理念に共感し、実現したいと考えてくれる人材こそターゲットと言えるでしょう。次に考えるのが組織の方向性です。組織の方向性と働く人の意欲は大きく関わっています。

例えば、甲子園で優勝を目指す野球部では、同じ目標を掲げる部員は意欲をもちます。しかし、「みんなで楽しくそこそこ野球をしたい」と思う部員にとっては、その部の活動は厳しすぎるかもしれません。そうなると、部の活動に消極的になったり、反対意見を投じることになったりして、やる気がある部員との間でハレーションが起こるかもしれません。一方で、部として「みんなで楽しくプレーする」というテーマを掲げ、部員のほとんどが賛同した場合、今度は甲子園の優勝を目指して厳しい練習をしたい部員が周りから浮いてしまう。

組織が目指すものによって、チームがメンバーに求めることや期待することが変わるということですね。

そういうことです。どちらが良い悪いという話ではありません。組織としてどう在りたいのか、何をしたいのかを考えた時に、今働いている人たちの多くが共感し、「ここで働きたい」と思う力学が働く理念や目標を定義することが必要です。これが何もできていないうちに、給与を上げたり休日を増やしたりしても離職防止につながらないこともあります。何をやっても離職率が下がらない組織は、働く人と組織の目指す方向が合っていない可能性があります。

そこで必要なのが現状分析です。組織としてやりたいことを明確にし、どういう人が集まり何を望んでいるのかを把握します。当然、全ての職員の希望に完全には答えられないので、組織の目指すことに共感し、努力をしてくれる職員に報いる形を作り、その職員たちにとって「働きやすい」「働き続けたい」という組織づくりを目指していく。これができないとなかなかうまくいきません。ですので、全ての事業所において「これをやれば離職率が下がる」というものはないと思います。

組織の方向性を明確にして、それに対して頑張ろうとする人がどういう人なのかを把握する。そして、その人たちにとって良い組織づくりを行なった結果、離職防止につながるのですね。

離職を決意するまでの経緯はポイント制に似ている。

―早期離職の対策としても、組織の在り方が影響するのでしょうか?

先ほどの話は早期離職以外の離職、つまり、一定期間在籍している職員の離職が続くケースに対する取り組み方です。

では、早期離職の防止策は何かというと、先ほどと同様に「これをやれば絶対防げる」といった一本勝ちのような策はないと思います。早期離職もいくつかに細分化され、それに応じて対策が変わるからです。そうは言っても、入職して3日目で来なくなってしまうというケースに打つ手があるかというと、それはまた別の話。この場合、離職防止ではなく採用時の見極めやコミュニケーションに課題がある場合が多いです。

介護・福祉業界において、早期離職を引き起こす原因の一つに人材育成が挙げられると思います。他業界から介護・福祉業界に来た身として思うのは、介護・福祉業界全体として人を育てる文化がまだまだ醸成されていないなと。専門職としての学びの機会はあるのですが、マネジメントや育成方法を学ぶ機会が少なく、リーダー層や管理職でも新入職員の育て方が分からない。フォローしきれない結果、早期離職してしまうという流れが多いと感じます。

人材育成を含め、新入職員が心折れたり挫けたりして、「この職場で働き続けられないかも…」と自信をなくしてしまう要因は至るところにあります。それらの “働き続けられないかも…ポイント”を日々減らすことが早期離職の防止には必要だと思いますね。

働き続けられないかも…ポイント?

離職するまでの経緯はポイント制に似ていると思います。配属初日に放置された、10ポイント追加。 休めないし残業が多い、はい20ポイント。という具合に、「ここで働き続けられないかも…」と思う出来事が積み重なり、それが上限に達すると「もう無理」となって、退職に踏み切るという流れです。そうなる前に、コミュニケーションをしっかり取るなどして「働き続けられないかも…ポイント」を減らすことが必要です。

これらを仕組み化することが早期離職防止の施策、いわゆるオンボーディング(組織の一員として定着させるために業務指導だけでなく組織文化や人間関係、環境に対する適応をサポートすること)などの取り組みにつながると思います。

早期離職も複合的に要因が絡み合っていますからね。「働き続けられないかも…ポイント」の例え、とても分かりやすいです。

早期離職が止まらない事業所はこれに気づかず、「うちは新人研修が充実していないから辞めるんだな、じゃあ研修期間を1週間延ばして手厚くしよう」のように、何か単一の策で解決しようとしている気がします。でも、解決できない。何か一つの対策を打てば解決するのでは、という考えから脱却することが大切です。

確かに、そう考えていること自体に気づいていない事業所は多いと思います。介護・福祉業界に限った話ではないですね。

そうですね。離職防止は健康づくりと同じです。日頃から食事・運動・睡眠とまんべんなく意識して取り組むからじわじわと良くなる。RPGゲームの「回復の泉」のように一発で効く策は残念ながらありません。

―“働き続けられないかも…ポイント”を減らすことは早期離職以外の離職にも通用しますか?

通用すると思います。ただ、ポイントを解消する施策の内容が変わると思います。早期離職においては新入職員が組織に慣れていくために必要なアプローチですが、他の離職では職員の帰属意識を高めることが必要になるからです。「ここで働けそう」と「これからも長く働きたい」という気持ちはフェーズが異なるので、それぞれに応じた対処が重要だと思います。

まとめ

待遇面や研修制度をピンポイントで変えても離職率は下がりません。組織で頑張ろうとする人が意欲をもって働けるような環境をつくることが最優先事項です。それには、現状分析が欠かせません。まずは組織の方針や在りたい姿を明確にし、今働いている人がどのような人なのかを分析してみるとよいでしょう。

早期離職も同様に特効薬はなく、日々の積み重ねが防止につながります。組織に慣れていない新入職員のフォローをあらゆるシーンで行う。その結果、新入職員の不安を減らすことができます。もし、何か一つに特化すれば解決できるという考えがあるなら、まずはそれを手放すことから始めてみてはいかがでしょうか。