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人材育成を起点に、良い循環を。介護・福祉事業者が意識すべき2つの「育成」【介護経営に役立つ「人事の目線」③】

2023/02/02

高い成長意欲に応える育成施策を

人材の育成は、採用(人材確保)と同様に大きなテーマである一方で、すぐには効果が見えづらいこともあり、「導入時のOJT(職場における教育訓練)は実施しているけれど、あとはなかなか手が回っていない……」という事業所も多いのではないでしょうか。

しかし、人材育成施策の策定は、介護・福祉事業所の安定運営において非常に重要な要素です。

株式会社パーソル総合研究所が行った「働く1万人の就業・成長定点調査2018」では、「何のために働くのか」という質問について、介護職員は「自分を成長させるため」という回答が、就業者全体と比べて高くなっており、成長意欲が高い介護職員の姿勢を見ることができます。

また、各種調査においても、介護職員の離職理由の上位には「成長が見込めない」「キャリアの見通しが立たない」ということが挙げられており、仕事を通して成長の実感がもてないことや、スキルアップが処遇も含めた評価と連動していないことへの不満が離職につながる要因とも考えられます。

評価制度・人事考課については、また別の機会に触れたいと思いますが、ここでは職員の成長、そして良いケア・サービスにつながる人材育成について考えたいと思います。

2つの異なる育成を意識する

人材育成を考えるにあたり、注意していただきたいことの1つに、研修や育成施策で「何のために行うのか」という視点が抜けてしまい、実施そのものが自己目的化してしまうことがあります。

多くの場合、人材育成は「職員の離職防止」「事業運営に必要なスキルの習得」など、何らかの目的があるはずですが、意図が曖昧なまま「何となく」研修を実施していたり、「前々からこのかたちでしているから」と、目的からずれが生じたまま行われてしまう育成施策も多く存在しています。その場合はたとえほかで実績をあげたプログラムであっても、大きな効果は期待できません。

まずは、自組織の課題や、育成をすることで何を実現したいのかを明確にする必要があります。人材育成施策の目標を明確にするうえで、「育成」には2つの側面があることをまず意識していただきたいと思います。

1つ目は、新任者の「適応」のための育成です。未経験者はもちろん、経験者であっても、新たな職場で仕事を始める際には、その職場では「初心者」です。仕事の流れや細かなルールなど、必要なポイントを学び・習得して、職場に慣れていく機会が必要です。

多くの職場では、入社時の集合研修やOJTのみで育成を完結してしまい、結果として職場順応が進まず戦力化に時間がかかったり、早期離職につながるケースも散見されます。そうしたなか、近年の人事領域においては、オンボーディングと呼ばれる、採用前や職場配置後の支援を含めた一体的な職場への順応の「流れ」を設計する仕組みが注目されています。

「入社時研修をした」「OJTをしている」から「もう大丈夫」ではなく、新入職員が何につまずき、何に不安を感じ、どのようなときに成長の実感をもてるのかということを把握したうえで、採用・入社時・配属後のそれぞれのタイミングで適切なものを配置していくことが、導入時の人材育成施策の質向上へとつながるでしょう。

もう1つは、職場適応後の職域やスキル・キャリアに応じた「人材開発」の機会としての育成です。一点目の「順応」を目的とした育成が「仕事・職場に慣れる」「職場の一員として独り立ちする」ということをゴールとするならば、こちらは「できる仕事の域を拡げ、活躍の幅を増やす」ことや「成長の実感をもつことによって、仕事への意欲を高める」といったより高次のゴールが設定されることになります。

人材育成施策を立てるための人材育成の目的

そして、この両者は目的が異なるからこそ、同じ人材育成施策と言っても、違った視点での設計が必要となります。この場合、専門技術の習得のほかに、階層・役職別にリーダーシップやチームビルディング、マ ネジメントや法令理解など、さまざまな要素が必要となります。

ここでも「●年目だから」「リーダーだから」、「このような研修でよいだろう」といったかたちでなく、解決したい課題の把握や、組織理念や目標との連動も意識するかたちで、職員に高めてほしいスキルは何かといったことを明確にしながら、適切な学習機会を設けることが重要です。

こうした「人材開発」という意味での育成の機会においては、職場の外に学習機会を設けたり、普段は接しない人との協働の学習を行うなどの「越境学習」という手法が、高い効果を発揮するともいわれています。職務を通しての日常的な経験・技能習得と合わせて、スキルアップの機会や新たな挑戦を行うなどの機会をバランス良く配置していくことが、「職場適応」に留まらない職員の成長を促すことになるでしょう(もちろん、そういった成長・スキルアップを適切に評価・処遇に反映する人事施策も並行して整備していくことが重要です)。

良い経営は良い人材の育成から

より良い人材育成施策は、新入職員の定着を進め、すでに働く職員のスキルを高め、モチベーションも向上させていきます。

その結果、職場には組織の理念や目標を共にする熟達した職員が増えていくことになります。そして、職員確保よりも既存の職員への人事施策に注力ができ、職員満足度とその先の顧客満足度が向上していくことになります。

経営においてこうした良い循環を生み出すためにも、組織の現状や課題、めざしたい姿を形にしながら、一度俯瞰して自組織の人材育成を眺め、必要な打ち手を検討してみてはいかがでしょうか?

※本記事は、以下に雑誌に執筆・掲載した内容を加筆・修正し、公開しております。

社名:株式会社日本医療企画
雑誌名:地域介護経営 介護ビジョン
発行年/掲載号:2019年3月号掲載

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この記事を書いた人

野沢 悠介

株式会社Blanket 取締役

東京都出身。立教大学コミュニティ福祉学部卒。ワークショップデザイナー/キャリアコンサルタント。2006年株式会社ベネッセスタイルケアに新卒入社し、採用担当・新卒採用チームリーダー・人財開発部長などを担当。介護・福祉領域の人材採用・人材開発が専門。2017年に参加して株式会社Join for Kaigo(現 Blanket)取締役に就任。介護・福祉事業者の採用・人事支援や、採用力向上のためのプログラム開発などを中心に「いきいき働くことができる職場づくり」を進める。