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小さな成功体験から始めよう。ICT導入は、新しい介護をつくるチャンスだ【「KAIGO HR FORUM 2022」イベントレポート⑤】

2023/03/14

介護・福祉にとって、ICT導入は前提となりつつあります。しかし「どのように導入を進めていいか分からない」「メリットを見出しづらい」など、ICT導入に二の足を踏む事業者も多いのではないでしょうか。

15年以上前から介護事業者のICT導入を支援してきた、株式会社ビーブリッド 代表取締役の竹下康平さんは「まずは小さいところから始めましょう」といいます。トップダウンで無理に進めるよりも「シフト作成の手間を減らしたい」という、小さな要望から叶えていくことを勧めているそうです。

青森県を中心に、介護・福祉事業を展開する青森社会福祉振興団の理事長 中山辰巳さんと共に、これからの介護の在り方とICT導入の関係について語っていただきました。

ぜひ皆さんの現場での、ICT導入の一助になれば幸いです。

【ゲスト】

株式会社ビーブリッド
代表取締役
竹下 康平(たけした こうへい)

1975年生まれ、青森県出身。システムエンジニア、システムコンサルタント等を経て、2007年介護事業に関わる。 2010年株式会社ビーブリッドを創業。介護事業者向けIT総合支援サービス「ほむさぽ」を中心に、介護業界のICT利活用と普及に努めている。

青森社会福祉振興団
理事長
中山 辰巳(なかやま たつみ)

青森県出身。父が開設した「みちのく荘」の運営を引き継ぐ。在宅介護支援センター事業、訪問看護ステーションを開設など利用者のニーズに即したサービスを展開。法人内にて「トータルケアシステムの創造」を目指し、介護事業におけるDX実現を推進中。

ICT導入のポイントは、目的をはっきりさせること

ビーブリッドは、多くの介護事業者のICT導入を支援している

ここ数年、介護事業者にとってICT導入は喫緊の課題です。国や地方自治体からも、介護現場におけるICTの利用促進が推奨され、導入を検討している事業者も多いと思います。

しかし竹下さんは、「ICTは万能薬ではない。まずは導入の目的を明確にすることが大事」と注意を呼び掛けます。高額な介護業務の支援機器を導入するも、使いこなせないという事例もたびたび耳にします。ICTが“何でも”解決してくれると期待するも、そもそも事業者にとって“何を”解決したいのか明確になっていないことが多いといいます。

目的というと難しく考えがちですが、竹下さんは“ケアの専門職でなくてもできる仕事”をリストアップすることを推奨します。例えば現場のシフト作成は、必ずしも現場の責任者が作らなくても良いはずです。

このように専門職でなくてはできない仕事と、そうでない仕事を明確にする。それを代替するために必要なツールをあてがっていくことが、ICT導入の起点になるのです。

なぜICTが求められているのか

青森社会福祉振興団による、ICTを活用した安眠プロジェクト

そもそもなぜICT導入が求められているのか。

長年、青森県を中心に介護・福祉事業に携わってきた中山さんは、急激な少子高齢化に早い段階から危機感を抱いていました。「人が足りないどころか、枯渇していく。だから人に任せなくても良いことは、機械やシステムに任せるべきだ」と主張します。

ICT導入の効果として、夜勤業務が劇的に改善したことを中山さんは挙げてくれました。見守りセンサーや自動体位変換マットなどを導入し、従業員のスマホで利用者の状況を可視化できる仕組みを作ったそうです。

ICT導入前は、夜勤対応をしていたスタッフの身体的、精神的な負荷が大きく現場は疲弊していました。今は、ただ起き上がっただけなのか、駆けつけるべき状況なのか見分けがつくようになり、利用者のところへ毎回駆けつける必要がなくなったのです。

バタバタと奔走する夜勤業務がなくなったことで、利用者に静かな安眠環境を提供できるようになりました。従業員だけでなく、利用者の満足度も向上した好例といえるでしょう。

意思決定に現場を絡め、小さな成功体験を

株式会社ビーブリッド 代表取締役 竹下 康平さん

ICTが便利であることは自明ですが、仕組みを導入する際、現場からストップがかかることが少なくありません。そういったネガティブな反応も認めつつ、竹下さんは「漠然とした不安はつきもの、いかに小さな成功体験を積めるかが成功の分かれ目になる」と話します。

何でも解決できることを期待して、いきなり数百万円もかかる高価な機器を導入するのはNG。最初は小さな成功体験から始めるべきで、「なんだ、けっこう簡単じゃないか」という雰囲気作りが大切だそうです。その繰り返しの中で、現場主導によるICT導入が推進されていくのです。

中山さんも、竹下さんの意見に同意します。「絶対にトップが一存で決めてはいけない。働いている人が中心になって、ICT機器を選定すべき」と力説します。多少時間がかかっても、みんなで決めるというプロセスを疎かにしてはいけないと話してくれました。

成功している企業は、トライアンドエラーを繰り返しながらICT導入を進めていくようです。同時に、会社の風土もアップデートされていくのではないでしょうか。

ICTは、新しい介護の仕組みをつくるチャンス

青森社会福祉振興団の事業構成図。ICTが前提となって事業を推進している

ICT導入は、仕事が効率的になっていくという効果に留まらないと中山さんは話します。

人の手による介護から、ICTを活用した介護へ。それは、若い世代も巻き込んで、新しい介護の形を作っていく絶好の機会だそうです。「ベテランの経験と、若い世代の知恵。これらを組み合わせて新しい介護の形を作っていこう」と強調します。

竹下さんは、従業員だけでなく、利用者の視点に立つことも大切だといいます。これから介護施設を利用する人たちは、仕事などでパソコンを、プライベートではスマートフォンを活用している世代です。「全くICTを導入していないアナログな事業者は、それだけで避けられてしまうでしょう」といいます。

それは採用活動でも同じこと。「ICTを使って効率的に事業を進めています」と伝えることは、法人の魅力にもつながるはずです。

ICTは、生産性向上や業務効率化などに目が向きがちです。しかし利用者や求職者の視点に立つと、もはや必須の装備として捉えられているのです。

これからの介護・福祉業界をもっと良くするために

青森社会福祉振興団 理事長 中山辰巳さん

ふたりに共通していたのは、これからの介護・福祉業界をもっと良くしていきたいという思い。ICT導入は万能薬ではないけれど、ICTなしに経営課題には応えられないと考えているのです。

中山さんが見据えるのは、介護・福祉業界に多様なプレイヤーが関わった近い将来のこと。「外国人人材や、シニア世代などが、介護人材として関わるようになるはず。そのとき、言語や介護のやり方、価値観が異なる中で、共通言語として活用できるのはICT機器による業務標準化です」と語ります。

ICT導入は、選択肢を増やすようなものと竹下さんは話します。ひとりの頑張りで、現在の業務量をさらにこなすのは難しいもの。ICT機器を味方につけ、事業者全体で業務効率化を図り、生産性を上げていく。「シフト作成をツールに任せるなど、ほんの小さなところから始めるのが大事。一つひとつ検討していくことで、意味のあるICT導入が進められるでしょう」と話してくれました。

ICT導入は、確かに時間も手間もかかるものですが、それを上回るメリットは大きいはず。セキュリティの問題も併せて考えながら、これからの新しい介護の形を考えてみてはいかがでしょうか?

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この記事を書いた人

堀 聡太

株式会社TOITOITOの代表、編集&執筆の仕事がメインです。ボーヴォワール『老い』を読んで、高齢社会や介護が“自分ごと”になりました。全国各地の実践を、皆さんに広く深く届けていきたいです。