心理的安全性が人材活躍の鍵。挑戦を恐れない組織の作り方とは?【「KAIGO HR FORUM 2022」イベントレポート④】
2023/02/20
どうすれば組織の生産性を高めることができるのか。
経営者なら誰しも、その問いに日々向き合っているでしょう。介護・福祉業界でより良いサービスを安定的に提供するためには、みんなで付加価値を生み出すことが欠かせません。
東京都町田市で複数の事業所を運営している社会福祉法人合掌苑 理事長 森一成さんは、「職員を大切にしない組織で付加価値は生まれない」と断言します。理念浸透と人材定着に注力した具体的な取り組みをもとに、人材活躍のヒントを話してくれました。
キーワードは、心理的安全性。リスクを伴う挑戦を賞賛し、学習する組織を作ること。「職員の離職率が高い」「採用した人材がなかなか活躍してくれない」といった悩みをいかに解決するか、一緒に打開策を見出していきましょう。
【ゲスト】
社会福祉法人合掌苑
理事長
森 一成(もり かずしげ)
1961年生まれ、神奈川県出身。IT企業のプログラマーを経て、社会福祉法人合掌苑理事長に就任。1993年に特別養護老人ホーム合掌苑桂寮を開設。その後も、高齢者施設や在宅サービス事業の展開を図ると同時に、地域の社会貢献活動にも力を入れている。
そもそも、生産性とは何か?
森さんがまず指摘したのは、生産性の捉え方について。「業務効率化によってムダを省くだけでなく、自分たちの仕事に付加価値をつけないといけない」と話します。付加価値はサービスの質の向上につながり、結果的に法人は収入を増やすことができるのです。
森さんは、世界で一流のサービスを提供している「ザ・リッツ・カールトン ホテル」の例を挙げました。驚くことに、スタッフは上司の判断を仰ぐことなく、1日2,000ドルまで顧客へのサービス提供にお金を使うことができるそうです。
とはいえ、お金が自由に使えるからサービスが優れているのでしょうか?
森さんは、「彼らの職場には、生産性を向上させるための3つの要素『挑戦』『モチベーション』『チームワーク』がそれぞれ満たされている」と話します。スタッフ一人ひとりが優秀なことはもちろんですが、組織として、お客さまに貢献したいと考えられる仕組みになっているのです。
心理的安全性が高い組織なら、挑戦したいと思える
生産性を向上したいと考える企業は多いもの。ですが、なかなか上手くいかないのが現実ではないでしょうか。
森さんは「生産性を阻害する要素である『セクショナリズム』『前例主義』『ことなかれ主義』のいずれかが組織で発生している」と話します。挑戦したいと前向きな社員も、生産性を阻害する要素があると、徐々にやる気が萎んでしまうのです。つまり生産性向上には、生産性を阻害する3つの要素がないようなチーム作りが肝要だといえます。
鍵になるのが、アメリカのIT大手・グーグルの調査によって注目された心理的安全性です。心理的安全性が高い組織は、離職率を低め、収益性も高い傾向にあるそうです。
心理的安全性とは、リスクある行動をしても、このチームでは安全だとメンバー内で共有されている状態のこと。心理的安全性が担保されている組織だと、組織やチーム全体の成果に向けて、率直な意見、素朴な質問、そして違和感の指摘が、いつでも誰でも気兼ねなく言えるのです。
仕事で妥協しない、学習する職場を作る
森さんは『心理的安全性の作り方』(石井遼介 著)を引用して、組織の特徴を4つに分類します。心理的安全性の高低と、高い基準で仕事に臨んでいるか否かで分けられるそうです。
1. ヌルい職場
心理的安全性は高いが、仕事への基準が低い職場。居心地は良いが仕事の充実感はない。
2. サムい職場
心理的安全性、仕事への基準がともに低い職場。余計なことはせず、職員は自己保身に専心する。
3. キツイ職場
心理的安全性は低いが、仕事への基準は高い職場。リーダーは不安と罰で従業員をコントロールしようとする。
4. 学習する職場
心理的安全性、仕事への基準がともに高い職場。従業員の学習意欲、成長意欲が高い。
森さんが学習する職場を目指し、社内で改革を推進していく中で気付いたのは、上司の役割の大きさです。上司が約束を守らなかったり、仕事に妥協したりしていると、部下も高い基準を求めて仕事に取り組まなくなるそうです。
上司や部下のマネジメントで大事になるのは、法人の理念。「高い基準で仕事をするときに、『なぜ、そこまでやるのか?』を説明するためには、法人の理念を示すしかない」と森さんは話します。経営者が法人の理念を伝え、体現しているかどうか。これこそが経営者の責務だといいます。
年間経費を1,500万円も減らせた秘訣
学習する職場の特徴のひとつに、仕事の課題や事象などをめぐり、健全な対立があることです。「衝突=悪いこと」ではなく、議論を戦わせることで、みんなが高いモチベーションで仕事に臨めるようになるといいます。
ただ、そもそも職員は、どのように学習する職場を作り、当事者意識を醸成するのでしょうか。森さんは「みんなが参加することがポイント。戦略作りや予算策定などの経営課題に、現場からボトムアップで携わっていくべき」と話します。
合掌苑が導入したのは、稲盛和夫さんが提唱した経営管理手法「アメーバ経営」です。合掌苑の組織を、「介護」「看護」「入浴」「調理」と小さな単位に分け、それぞれが役務提供と内部協力費(人件費や経費などをもとに算出したもの)のやりとりをするのです。
それぞれの単位で採算性が明らかになれば、職員一人ひとりに当事者意識が生まれます。森さんが目を細めて話してくれたのは、入浴時のルール変更に関するエピソード。利用者の洗髪の際、何となく2回シャンプーのポンプを押していたそうですが、「1回で十分だから、それを徹底しよう」と決めたのです。とても小さな事例ですが、その積み重ねによって、合掌苑の年間経費は1,500万円も削減できたとのこと。在庫も激減し、法人の収益性も高まったといいます。
職員を大切にしない組織では、付加価値は生まれない
近い将来、介護業界には外国人人材やシニア人材など、多様なプレイヤーが関わるようになるでしょう。全ての介護従事者にとって働きやすい職場を作るために、サービス残業ゼロを当たり前にしなければならないと森さんは主張します。
サービス残業ゼロだけでなく、合掌苑では、フレックスタイム導入や、リフレッシュ休暇の付与、夜勤の専従化など、働き方に関する施策を次々と打ち出していきました。
職員を大切にしない組織では、職員による自発的な「挑戦」「モチベーション」「チームワーク」など期待することはできません。付加価値を高めるために、経営者は人材にこそ投資しなければならないのです。
介護において、付加価値をつけるのは現場の職員です。彼らが「この仕事には、やりがいがある」と感じられるような環境を、最優先で作ってみてはいかがでしょうか。
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この記事を書いた人
堀聡太
株式会社TOITOITOの代表、編集&執筆の仕事がメインです。ボーヴォワール『老い』を読んで、高齢社会や介護が“自分ごと”になりました。全国各地の実践を、皆さんに広く深く届けていきたいです。